lost memory, last train dusk 6 行きよりも非常にゆったりとしたペースで、自転車は海沿いの道路を進んだ。 夕暮れが近い午後の海は、金色の光をきらめかせている。 道路の山側にある線路を、5両編成の短い電車が僕たちを追い抜いて走っていく。 ・・・方向的には、あの電車は賑わう隣町へ行くはずだ。 「ねえ、文人はもう最終進路調査の紙は提出した?」 「・・・いや、まだだ。お前は?」 「売れない無名画家、って書いて出したけど、再提出」 「・・・当たり前だ。お前の成績と画力なら、どこの美大にでも入れるだろ」 「だって、この町を離れるなんて想像できないから。 ・・・この場所以外に、僕が生きていける世界は無いような気がするんだ、文人」 文人は漕ぐことをやめ、自転車は徐々に減速して止まる。僕たちは自転車から降りた。 振り返った彼の目に真っ直ぐ射抜かれ、僕は視線をそらすことができない。 「そんなこと、一度この町を出てみないとわからないだろう。・・・いろんな場所に行って、いろんな人に出会って、沢山のことを知って。それでもこの町がいいと思えば、さっさと帰ってくればいいんだ。 踏み出すことが怖いなら、俺がどこへだってお前を連れて行ってやる、・・・幸也」 僕を見つめる君の眼差しと、 血のように赤い夕日と、 それを飲み込もうとする水平線。 (ああ、この風景を永遠に見ることができるのなら、) 「・・・幸也?」 (それは、なんて幸福だろう。) 黙っている僕を心配そうに見つめていた彼に、いつもの明るい笑顔を見せる。 「文人が一緒に来てくれるのなら、大学の講義に遅刻する心配もないね」 「はぁ、またお前は・・・」 「ねえ文人。一つ、お願いがあるんだけど」 「なんだ?」 ひと呼吸置いてから、文人に正面から向かい合って言った。 「絵のモデルになって欲しい。君の絵を描きたいんだ」 「・・・いいぞ」 僕は文人があまりにあっさりと承諾したことに驚く。 「本当にいいの、嫌じゃない?」 「ああ、その代わりに俺からも一つ、願いがある」 「・・・なあに?」 「学園祭が終わるまでお前の家に住ませろ。・・・いちいち朝に迎えにいくのが面倒だ」 「わかった、いいよ」 すぐに答えれば、今度は逆に文人が驚いたように僕を見つめた。 「・・・本当にいいのか?」 「うん。美味しいご飯をよろしく」 「ああ、まかせろ。朝からしっかりした和食を食べさせてやる」 「・・・僕、最近は食パン派なんだけど」 「却下だ。きっちりバランス良く栄養が取れる朝食を、毎日作るからな」 「もー。朝はあんまりお腹に入らないんだよ」 「朝食を食べないからお前はそんなに軽いんだ。・・・日が沈む、早く帰るぞ」 「うん、帰ろう」 止まっていた自転車は再び二人を乗せ、さっきよりも少し速いスピードで走り出した。 夕日は大海に飲み込まれ、町には穏やかな夜の帷が訪れようとしている。 (君さえ側にいれば、僕の世界はどこまでも広がっていった。) (君がいなくなった僕の世界は、・・・もう、どこにも・・・) [*前へ] [戻る] |