lost memory, last train Hello, my little monster ! 8 部屋に入ったぼくは、ダンボール箱を床におろした。ふう、任務完了。 それにしても、今回の箱はやたらと重かったな。一体何が入っているんだろう。 ・・・あれ、このダンボール、ガムテープを一度はがした跡がある。 中の物を入れ直したのかな、一樹さん。 粘着力が弱くなったガムテームは、軽く引っ張っただけで外れてしまった。 蓋が開いて見えた中身に、ぼくはあっと声を上げる。 「昨日の、絵・・・」 幸也さんと一樹さんの喧嘩の元となったそれが、箱の中に収まっていたのだ。 どうやらぼくが見ていない隙に、一樹さんがこっそり入れたらしい。何てこと。 幸也さんのお父さんが描いた、この世界で唯一のファミリーポートレート。 そんな大切なもの、ぼくがもらっていいわけがない・・・早く、返さないと・・・! でも、でも、その前に。どうしてもこの絵が見てみたい。 この絵には、「あやと」が描いてあるのだ。 はやる気持ちを抑えながら、ぼくは慎重に、慎重に、厳重な包装を外していく。 何十にも巻かれたクッションを外し、それがついに露わになる。 天使が二人、立っていた。 片方は、透き通るように真っ白で、眩しいくらいの輝きを放っている。 もう片方は、夜の闇のように黒い瞳で、こちらを真っ直ぐ見つめてくる。 光と影の、完全なコントラスト。 代わりになるものがない、絶対唯一の絆。 お互いの手を固く繋ぎ、一緒に大空へ羽ばたこうとする、まさにその瞬間。 大きな怪物が、片方を飲み込んでしまったのだ。 片翼を失い、飛べなくなってしまった白い天使は―・・・ 「・・・朽葉!」 ぼくは名前を呼ばれて、絵に奪われていた意識を取り戻す。 声がした方を振り返れば、顔を蒼白にした幸也さんが立っていた。 片翼を奪われた、かわいそうな白い天使。 彼はぼくに駆け寄り、きつく抱きしめる。 「朽葉、朽葉・・・こんな絵見なくていいんだ、泣かないで、泣かないで・・・!」 そう言われて初めて、自分が泣いている事に気が付く。 あれ、ぼくはどうしたんだろう。 もう泣けないはずだったのに、こんなに涙が。 すごいんだなあ、絵って。 こんなに心を揺さぶるものなんだ。 もうぼくは、お腹がいっぱいです。 「・・・あの絵があるから、朽葉が泣くんだ・・・何もなければ、悲しまなくてすんだのに!」 急に声を荒げた幸也さんは、ぼくから体を離し、絵が落ちている場所へ歩いていく。 「こんな絵、いらない・・・もう、消えてなくなればいい!!」 彼は床に転がっている絵を掴み、叩きつけるために、勢い良く振り上げた。 駄目だ、その絵を壊したら・・・! (それは、あなたの大切な人、あなたの、かけがえのない半身なのです) 「・・・だめー!」 ぼくは無我夢中で駆け寄り、叩きつけられる寸前の絵に、手を伸ばす。 床に転がるようにして、かろうじてそれを受け止めた。 「・・・朽葉、どうして・・・」 幸也さんは呆然とした表情で、ぼくを見つめている。 やがて糸が切れたように座り込んだ彼に、ぼくは抱えていた絵を差し出した。 それを受け取った彼は、じっとそれを眺め始める。 無表情だった顔は、悲しみに、苦しみに移り変わり、次第に彼の呼吸が乱れていく。 絵から手を離した彼は、獣のような唸り声を上げ、四つん這いになった。 ぽたり、ぽたり。 彼の涙が、床にこぼれ落ちる。 「うう・・・うあ、あ、ああ・・・うわああぁああぁあ!!」 あの日とよく似た、絶叫。 あの日と同じ、身を裂くような痛みと悲しみ。 必死に忘れようと、固く閉じ込めて、見ないようにしていたもの。 それが一気に溢れ出してしまい、今彼を、こんなにも苦しめている。 まるで、強力な麻酔が切れてしまい、思い出した痛みにのたうちまわっているようだ。 うずくまって泣き続ける白うさぎを、ぼくはただ立って見続けていた。 だってぼくは、ひとりぼっちの、小さな怪物。 あなたの大切な半身を奪った、恐ろしい怪物なのです。 愛することは、許されない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |