lost memory, last train
musei doukoku 5
「・・・文人はもう、最終進路調査の紙、提出した?」
俺が食器を洗っていると、テーブルでレモネードを飲んでいた幸也が俺に聞いてきた。
「いや、まだだ。・・・お前は?」
「父さんが昔通っていた美大、この町からはだいぶ離れているけど、・・・そこにしようかと思っている。
実は、夏休みに一度キャンパスに行ってみた」
俺は最後の皿を洗い終えると、蛇口を締めて幸也と向かい合った。
「どうだった?」
「いろんな絵を描く人がいて、楽しかった」
「じゃあ決まりだな、そこにすればいい。きっと伯父さんも賛成しているよ」
「でも・・・」
幸也は手に持っているマグカップを見つめる。
「・・・この町を出ないといけない、文人と離れないといけない。・・・それが、怖い」
俺は一つため息をついて、幸也の向かい側の椅子に腰掛ける。
うつむいたままの幸也を見ながら、口を開いた。
「お前が行こうとしている美大の近くに、一つだけ俺が候補にしている大学があるんだ。
俺がそこに進めれば、近くのアパートを借りて住むつもりだ。お前も来るか?」
幸也は顔を上げ、目を見開いて俺の顔をじっと見た。
「文人は、本当にそれでいいの?僕のために決めちゃって。
君と一緒にいられるのは嬉しいけど、でも、僕は君に、何も・・・」
幸也は口を噤み、黙り込む。
うつむく彼は、何かを言いたげに、言い出せずに。
俺はマグカップを固く握り締める彼の手に、自分の手を重ねた。
ハッとしたように、幸也は顔をあげ、俺を見た。
「お前が、俺に依存するのをやめようと頑張っていたことは知っている。
俺も、お前と距離を置くために生徒会に入った。だけど、」
幸也の不安そうに揺れる双眸を、真っ直ぐ見つめる。
「俺が寂しいから、選んだんだ、お前と一緒にいることを。だからこれは、俺の望みであって、お前のためじゃない。俺は、お前がいたから、母さんや伯父さんがいなくなっても、立ち続けることができた・・・お前のおかげなんだ、幸也。今日まで俺が、ずっと前を向いて生きて来られたのは。
・・・ずっと、ずっと昔から、俺はお前が一番大切だった。好きなんだ、お前が」
俺が隠していた自分の気持ちを語り終えたとき、幸也は顔をくしゃくしゃにして、瞳から大粒の涙を零した。
椅子から立ち上がった俺は、テーブルを回り、声が出ず、しゃっくりをあげている幸也を、そっと抱きしめる。
「・・・本当は、言わないでおこうと思っていた。変わることが、これから先のお前との時間を失うことが、怖かった。
だけど、このままでは俺もお前も、前へ進めないと気がついたんだ」
少し落ち着いたのか、腕の中にいる幸也が言葉を途切れ途切れに紡ぎ始めた。
「僕は・・・、文人に求めてばかりで、何もしてあげられなくて・・・、僕の独りよがりな感情で、君を傷つけてしまうことが、本当に怖くて・・・言えなかった。ずっと、苦しかった・・・」
「ああ、・・・ごめんな」
「ありがとう・・・、ありがとう、文人・・・」
子供の頃のように声を上げて泣く幸也を、俺は抱きしめ続けた。
そうだ、この日に、俺たちは今までの関係を自ら終わらせて、新しく始めたんだ。
これから続いていくはずの、俺たちの次の物語を。
・・・だが、その約束した明日は、来なかった。
あまりにも唐突に、その結末は俺達に訪れた。
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