lost memory, last train
musei doukoku 3
一瞬だけ視界が暗くなったかと思うと、俺はまた車内の椅子に座っていた。
電車はもう暗闇の中を走っている。
暗い窓は車内の明るい光が反射して、ぼんやりとした俺の表情を映しだした。
こうやって、一つ一つ記憶の欠片を拾い集めて進んで行くというわけか・・・。
この先の終点には、一体何があるんだろう。
俺は、どこにたどり着くんだろうか。
―次は、20xx年9月20日の記憶です。お忘れ物ないよう、しっかりご確認の上・・・―
先程と同じくアナウンスがかかり、間もなく電車は減速して止まった。
俺はゆっくり立ち上がり、明るい車内から出て、再び暗闇に閉ざされた外へと降りた。
「文人先輩」
放課後の廊下を一人歩いていると、後ろから声をかけられ、振り返った。
「一樹か、これから美術室に行くのか?」
「はい、学園祭で展示する絵を仕上げないといけないので。先輩は生徒会の仕事ですか」
一樹は俺が抱えている書類の束を見て言った。
「ああ、学園祭の運営のことも決めないといけないし、引き継ぎがあるからな。ちょっと今は忙しくなっている」
「そうか、もうすぐ任期が終わるんでしたね、生徒会。・・・先輩たち、卒業するんだ」
さみしそうに彼の顔がうつむく。俺は、一樹の肩に手を乗せた。
「まだ卒業式まで何ヶ月もあるじゃないか、しんみりするにはまだ早過ぎるぞ」
「でも・・・、卒業しても俺はしつこく会いに行きますから。着信拒否なんかしないでくださいよ、文人先輩」
「ああ、いつでも遊びに来い、待っている」
「・・・、先輩」
一樹は、一瞬だけ今にも泣きそうな笑顔を見せたあと、俺との距離を縮めた。
彼の腕がゆっくりと俺の背中に回る。
俺たちの他には誰もいない、静かな廊下で、俺は彼に抱きしめられていた。
校庭から、部活動をする生徒の掛け声が聞こえてくる。
彼の心臓の鼓動を感じる。
俺の耳元で、囁くように彼が語り始めた。
「・・・文人先輩、俺、本当にあなたに出会えて良かったです。父さんにも、母さんにも俺は必要とされなくて・・・自分の人生には、なんて価値がないんだろうって、いつも思っていた。先輩が、くれたんです、俺に生きる意味を」
「俺は・・・そんな大層なことをしたつもりはない」
俺を抱きしめていた腕を離し、一樹は俺の目を真っ直ぐ見て微笑む。
「先輩がそう思っていても、俺にとってはそうなんです。俺の絵が以前とは全く違うのは、幸也先輩のおかげでもあるけど、あなたのおかげでもあるんですよ、文人先輩」
そう言ったあと、彼は肩にかけていた鞄の中を探り始め、小さな包装袋を取り出した。
「本当は学園祭に渡そうと思っていたんですけど、・・・今にします。もらってください」
俺は彼が差し出した綺麗な紙の袋を受け取る。中から小さな赤いものが出てきた。
「・・・とんぼ玉か、綺麗だな」
窓から入る光にかざせば、それは夕日のような光をきらめかせた。
「この前に行った骨董市で買ったんです。先輩が赤色で、幸也先輩は白で、俺は青色の」
「ありがとう、大切する。・・・携帯電話につけておくか。
一樹、悪いけどやってくれないか、穴に通すのが下手なんだ、実は」
「ふふ、先輩って妙なことが苦手ですよね。貸してください」
携帯電話を彼に渡せば、器用に一回で、ストラップの糸を通してみせた。
何もついていなかった白い携帯に、赤いトンボ玉がぶら下がり、光を受けて鮮やかな光彩を放つ。
彼の少しひんやりとした手から、それを受け取った。
一樹が俺を見て幸せそうに笑う。
「それじゃあ、また明日。文人先輩」
「ああ、また明日、一樹」
これは一樹との、一番大切な記憶。
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