同盟・捧げ物小説
神薙さま(零さんとZero.さん)
(文章の流れの都合上、話中ではZero.さんの「.」を抜かせて頂いております)
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「tramonto 〜夕焼け」
「……あー……いてェ。死ぬ」
「寝言は寝てから言え」
「気持ちの問題だってえの。お前、治療しながら人サマの心抉るようなことすんなよ」
「人ですらないのに言える言葉か。いいからじっとしていろ」
正論をぶつける零にZeroは気のない返事を返してから、頬杖をつく。その額には深い傷が刻み込まれて見るからに痛そうなものを、当の本人であるZeroは涼しい顔、治療に専念する零に至ってははた迷惑そうな顔ですらある。それもこれも、彼らが普通の人とは違うが故の表情だった。
痛みも、死すらも──そしてZeroに至っては記憶さえも遠い昔に置いてきて久しい。
いまさら取りに行けとも言えないそれを、零がまんじりとした思いで見つめていることを、Zeroは知っているのだろうか。
零は溜め息を飲み込んで言葉にした。本当に、こいつはどうしようもない。
「……全く、正面きって敵に向かうから何か考えがあるのかと思えば、真っ向から攻撃を受けて怪我をして帰ってくるとはな。戦えればいいという頭はそろそろ交換の時期を迎えているのではないのか」
「いーじゃねえか、結局蹴散らしたんだし。古傷が開いたわけじゃねえんだし。結果オーライ」
「その結果として私が迷惑を被ることまで、その小さな脳みそに叩き込んで欲しいものだ」
「あいにくとそこまで高尚な頭してないんでねえ。そういうのはてめえに任すよ。いいから治療に専念しろっての。手がおろそかですよ」
「終わった」
は、と変な声をあげるZeroの額を力一杯叩き、治療の終了を告げる。任されても困ることを、どうしてこいつは平然と言ってしまうのだろう。
暢気に治療の結果を確認しているZeroを見ながら零は立ち上がる。
廃墟と化したビルの一室、人の気配も賑わいも床に積もった埃の中へと捨て置いてしまったそこはおそろしく静かだった。時折、少し離れた繁華街で聞こえる歓声や、やかましい音楽が風に乗って届く以外は、錆びた水道管から滴る水の音しかしない。
何ともわびしい光景だが、その印象を緩和するかのように、夕暮れを迎えようかという陽の光が窓ガラスの無くなった窓から射しこんでいた。
暗い床面を赤く切り取り、立ち上がった零の顔をも明るく見せる。
「……悪ぃな」
ぽつりと呟かれた言葉が、俄かに緊張し始めた空気を柔らかなものにした──そんな風に自分が感じたことを、Zeroも感じただろうか。
「お前がいなけりゃ、俺、死んでんのにな」
髪をかきながらZeroは言う。ぶっきらぼうな物言いの中には精一杯の誠意が込められていて、零は何だかおかしくなるのを感じた。
「馬鹿だな。もうずっと前から死人だ」
「……また屁理屈こねやがって……」
くそ、と悪態をつきながらZeroは勢いよく立ち上がり、夕陽の射しこむ窓の前に立った。Zeroの燃えるような赤い髪が斜陽を受けて更に鮮やかさを増す。
零が目を細めてその背中を見ていると、Zeroが口を開いた。
「しっかし、あれだぁな。こんな街でも、こういう風景がありゃそれなりにまともに見えちまうんだから不思議だぜ」
「……夕陽が好きとは驚いた」
言いながら隣に立つ。
「あー、好きとは違ぇよ。何だろな、血みてえな赤が一等濃くなる時間だからかな。親近感がわくっつうか」
「戦場のようだからか」
「これほどおキレイなもんじゃねえ」
「だろうな」
「馬鹿にしてんのか?」
「する時はもっとわかりやすくする」
「……お前な」
今日は零に負い目がある手前、Zeroの口振りも大人しい。
だから、というわけではないが、零の気分も少しだけ上を向き始めていた。
──まあ、いいだろう。
妥協でも諦めでもなく、自分の心が現況を「最善」のものと判断する。正直、腹立たしく思うこともあるし、いっそのこと見捨ててやろうかと考えたことすらあった。
だが、今はこれがいい。
今日ぐらいは、この夕焼けに免じて、と、相方に悟られぬよう、僅かに口角を上げて微笑んだ。
ふう、と溜め息のような風が吹き、零は体を窓辺から離す。
「帰るぞ。主様が待っている」
「………お前のそれって時々病気っぽいよな」
踵を返した零の後をのんびり追いながらZeroが言う。
「戦闘バカが人を病気呼ばわりするか」
「俺のは本能。てめえと一緒にすんなっての」
「激しく同意見だ。私も同じにされたくなどない」
「なら言うなよ」
「貴様もいちいち私の言葉を買うな」
「そっちが売ってくるんだろ……!」
「貴様があまりに高く買ってくれるものでな」
「おー上等じゃねえか。じゃあ、今度は喧嘩売ってみろよ、零ちゃん」
「死ね……!」
「んだと、てめえ!あーあーあー、次は護ってやんねえからな!」
「こっちこそ治療などしてやらぬから安心しろ!」
段々と熱を帯びてくる会話の余韻を残し、暗い一室は静かに夕暮れの時を迎える。
冷え始めた風が部屋の中を巡り、二人の口論の名残すら夕焼け空へ投げ込んだ頃には既に、彼らの姿は消えていた。
終
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