同盟・捧げ物小説
天空朱雀さま(セノンさんとラナトさん)
「Andante」
──堅物。
最初に抱いた印象はそれだけだった。最悪な奴、というおまけつきでもあるが、後々の付き合いで堅物の二文字が一番適当であると判断する。この単語が服を着て眼鏡をかけて歩けば、セノンのようになるのだろう。
それでも、周りが彼を見る目は「優秀」の二文字に彩られていた。
眉目秀麗、沈着冷静、言うなればエリートというやつだろう。自分とは対極にいるような奴だな、と隣を歩くアビスグリーンの頭を横目に見やった。
春の柔らかな日差しを受けて揺れる髪は絹糸のようで、一つ一つがさらさらと動きに合わせて揺れる。その下で前方を見つめる鋭い目は知性を宿し、それを象徴するかのような眼鏡は既に彼の一部と化していた。
洗練された動き、無駄のない言葉遣い、丁寧な物腰、これらに女性陣は黄色い声をあげる。
そんなものよりもずっと良いものを自分は持っているという自負がラナトにはあり、更にはセノンよりも強いという自信もある。彼を見た時に感じた違和を確かめるべく、こうして盗賊稼業を辞め、ギルドに属することにしたのだが、クレドらと共に仕事をこなす度、生活を共にする度、違和を確かめるより早くに「こいつとは馬が合わない」という確信だけが増していくのだった。
それは向こうも抱いている感情のようで、ラナトが付き合う女性の顔を見ては逐一嫌な顔をしてみせる。ほとんど潔癖と言ってもいいくらいに、セノンはラナトの生活態度そのものに腹を立てているようだった。
色恋はこっちの自由だろうに、何が嫌なんだか。言い寄られるのだから相手をし、去ろうとする者は追う必要もない。下手に情けをかけるよりよっぽど親切な付き合い方をしている。
「……何だ」
いつの間にかじっと見ていたらしい。あからさまに嫌そうな顔をしてセノンがラナトを見上げた。
硬質な響きを持つ声は春独特の気だるい空気に飲み込まれ、いつものような刺々しさは感じられない。
別に、と言ってラナトは後頭部で手を組んだ。
ギルドからの仕事を難なくこなし、今は街へ戻る道の途中である。目の前では相変わらずクレドとユイザが漫才もどきの会話を繰り広げ、その隣でサナティが楽しそうに笑っていた。
ひどく長閑な光景が前方で展開されているにも関わらず、あちらとこちらの温度差は天地ほどある。それもこれも、自身が行った勝手な行動の所為だとはラナトは気付いていない。
仕方ない、と彼は言い放った。
半端な気持ちで仕事をするな、とセノンの平手が飛んだ。
いつもならそこから口論を経て終了するものを、今回はその限りではなかったのである。一歩間違えれば重大な怪我を負いかねない計画の破綻を招きかけたラナトに、セノンはいつも以上に厳しくあたった。
セノンの態度に一応の事態の決着を見たらしいクレドらは日常に戻ったが、ラナトにとっての災難はそれからである。彼の行動を常に監視するかの如く、セノンは目を光らせ、こうして歩いている間も注意がこちらに向いていることがわかった。
うららかな春の日の午後を楽しむどころではない。不快感ばかりが増長し、ラナトは小さく声を上げた。
「やだね、これだから堅物は」
「他に言う事はないのか」
案の定、セノンはぴくりと反応する。増長していた不快感を晴らすべく発言したラナトは、してやったりとばかりににやりと笑った。
「別にぃ?いっつも辛気臭い顔して疲れませんか、つってんの」
「貴様に心配される筋合いはない」
「なら、てめェもつっかかってくんじゃねえよ」
「……それはいちいち、貴様が目障りな行動をするからだ!」
途端に爆発したセノンの声にクレドらが足を止めて振り返る。だが、これ以上迷惑をかけられないとばかりに咳払いをしたセノンは「先に行っていい」とだけ言い、事態を察したらしいクレドが心配そうなサナティや興味深そうにこちらを見るユイザを連れて先に歩き出した。クレドの落ち着いた態度にほっと、胸を撫で下ろす。
そして険を含んだ目でラナトを見上げた。
「大体、貴様はどうして勝手に動く。無事に済んだから良いようなものの、誰かが怪我をするということを考えないのか」
「あーうるせえな。顔つき合わせて話す内容がそれか?ぎゃんぎゃんわめくなっての。犬じゃねえんだし」
「何だと……!」
「大体なあ、お前、オレが気に入らねえんなら無視すりゃいいだろうがよ。そーれをわざわざ見つけて目障りだの何だのって、喧嘩売ってるとしか思えねえんだけど」
ぴくりと、セノンの眉がつりあがる。
「無視だと?私をどこまで馬鹿にすれば気が済むんだ貴様は」
「……はァ?どこが。何が」
「貴様のような男と行動を共にすること自体、不本意で仕方がない。だが、共闘する以上、無視などすれば貴様が怪我を負うことぐらい目に見えている」
それは、と言ってクレドたちが歩いていった方向を力一杯指差した。
「彼らにも、私にも迷惑だ!私は、そんな軽蔑されるような戦い方はしない!」
──何だ、それは。
セノンが何に対して怒り狂っているのか皆目見当がつかない。後頭部で組んでいた手を下ろして腰に当て、ラナトは参ったように頭をかく。
わからない。どうしてこいつがこういう反応をするのかがわからない。だから面白いのもあるのだが、今回ばかりは疑問ばかりが渦巻いて、笑って済ませる余裕もなくなっていた。
ラナトは頭をフル回転させて、ある一つの答えを導き出し、ようよう気持ちが落ち着いてきたらしいセノンの顔をすっと覗き込んだ。
「……つまりあれか、てめェはオレが心配なのか?」
な、と肩をいからせたセノンは口をぱくぱくとさせるのみで、声を発することすらままならない。顔は一瞬にして赤く染まり、いつもは冷静な仮面にヒビが入った。
──へえ。
そうだ、この顔。他の女には無い、仮面がはがれた瞬間だけに見せるこの表情。これが最高に面白い。
「ま、せいぜい心配してろよ」
言いながら、こつんとセノンの額を弾く。そこでようやく体の自由を得たらしいセノンが抗議の声を上げようとするよりも前に、ラナトはのんびりとした歩調で歩き出した。
「すぐに、そんな心配必要ねえってこと、わからせてやるよ」
「……っ図に乗りおって……!」
数歩遅れて、セノンは怒りを地にぶつけながら歩き出す。すっかり憤慨しきったセノンはラナトの監視など頭の隅に追いやり、つかつかと彼を追い越して行ってしまった。
すると、怒りをたぎらせて歩くセノンの向こう、道の少し先で、二人を待っていたらしいクレドたちが手を振る。
「おーい、早く帰るぞー」
「お二人さんったら、何を仲良くやってたのカナー?」
茶々を入れるのを忘れないユイザへサナティが何かを問う仕草をし、答えようとした矢先でクレドの鋭い突っ込みが入る。一連の漫才を終えた三人に笑いが巻き起こるのを遠くに見ながら、ラナトはセノンの華奢な背中へ視線を転じた。
──確かに馬は合わないが。
せいぜい、歩調を合わすぐらいはやってやろう。あいつが自分の背中を見るのか──それとも、同じ速さで歩くかはわからないが。
そうすりゃきっと、もっと面白いことが起こるかもしれない。
終
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