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あるレストランの一幕



今日もまた、彼女は自分の周りで繰り返される模様にため息を吐いた。
ああ、静かな職場だったら良かったのに。


「Hey!柚、困ったことはねえか?」
『いえ、特には…政宗さんが邪魔なぐらいで』
「Fum,俺がそばにいた方が仕事捗ると思ってな!」
『いや、そんなことは決してないです』


忙しく材料を切っている彼女の隣で、話し掛けたその人はキッチンの調理場に座ってる。ものすごく態度が大きいが、この人がこのレストランの大元の社長の息子だったりするので、何も言えない。


『あの、サラダ盛りつけたいんですけど』
「そうだな、俺はhoneyを落としたい」
『政宗さんも働いてるならツナ缶くらい開けてくれませんか』
「!!…honey」
『?はい』
「ツナ缶も開けれねえくらい華奢なんだな…守りたくなるぜ!」
『うん、佐助さんに頼むから良いです』


彼女が遠回しに「ちょっとくらい仕事しろよ!」と発したメッセージは案の定か彼には受信されなかったらしい。いや、分かってたことだけども。
料理を運んで戻ってきたエプロンのよく似合う細身の彼に話しかける。


『すみません、佐助さんツナ缶取ってくれませんか?』
「ん?あーはいはい、どうぞ」
『あとこの動かない王子様どっかやってください』
「また政宗サボってんのー?いい加減仕事しなよ」
「HA!唯一柚と一緒に居れる時間に仕事なんかできっか!」
「いや、あんた仕事しに来たんでしょうが」


ため息をつきつつ怒る様はもう見慣れたものである。
そしてこの後起こり得る事態も、想定内。


「Fum,下心あるくせに真面目なふりはカッコ悪いぜ猿!」
「(ムッ)なにいきなり、下心は政宗でしょうが。柚ちゃんにちょっかい出してオマケに仕事までサボって!」
「HA!うるせーよ、俺だって作ってんだろうが!猿には作れないフレンチをよ!」
「だったら俺様みたいに真面目に仕事してよ!つか柚ちゃんだってさぼり魔の政宗よりは俺のが好きだよね、ね?!」
『うえ?!あ、はは…』


正直に言えば真面目な佐助の方が好きといえば好きなんだけど、素直に答えても余計ウルサくなるだけだと分かっているから彼女は何も言えない。

ここはあの人の登場を待った方が良さそうだ…。


「よし、じゃあ分かった。料理対決しよーぜ!」
「はぁ?だから仕事しろっての!」
「…おめェらなに仕事サボってんだ」
『!!店長』


ぬいっと現れたその姿にビクッとしたのは、半ば呆れ気味の佐助ではなく未だに調理場に腰掛ける政宗の方だった。
「はい保護者とうちゃくー♪」
そんな声が聞こえて現れたのは、何時から居たのか長い髪を後ろに束ねた図体の大きな男。


「あっ慶次!遅刻じゃん何してたのさ!」
「はっはごめーん。寝坊しちゃって。まあ良いじゃん今し方店長に怒られたばっかだし?」
「全っ然良くないよ!厨房廻んなくて大変なんだから!」


怒る佐助と怒られる慶次。真面目に出勤してこない彼を怒るのは毎度彼の仕事である。度重なる遅刻はクビの最重要候補だが、そのぶん客も大量に連れてきてくれるので何も言えないのが苦しい。

それは良いとして、


『て、店長…?』
「政宗様…何してらっしゃるんですか…」
「ん?見てわかんねーか?お仕事だ」
「真面目に仕事する人がこんなとこに座りますか!」


ドスを聞かせた声はその辺のチンピラより怖い。その上に顔もそのような感じなので、きっとこのレストランの外に出たら違う職業に間違えられるだろう。
とまあ、それは置いといて。

沸々と、湧き上がる怒りを抑えて片倉小十郎は言った。


「あなたは自分の立場をわかってらっしゃるんですか?!」
「ああ?先ず先ずな」
「(この人は…)とりあえず、政宗様は店内に出てください。今日はオーナーの毛利さんもお出でになるらしいので」
『あ、元就さん来るんですか?』
「ああ、もうすぐここに来ると思「如何にも、我はここにいるが」
「!!オーナー」


その声が聞こえた途端、皆が一同に固まる。別に直立不動になる必要は無いのだけど、この人を前にすると自然にそうなってしまうのだ。
これは皆例外なくそうらしく、先ほどまでヘラヘラしていた政宗と慶次も今は大人しくなっている。
抗えない雰囲気が、そこにはあるようだ。


『あ、元就さんお疲れ様です!』
「柚か。相変わらず真面目に取り組んでおるようだな」
『いえいえ、元就さんが綺麗な職場を保ってくれてるからですよ』


そう言えば、と話しておくと一つ例外がある。
この人は紅一点の柚には頗る優しかったりするのだ。そもそも男共が五月蝿くなるからと男ばかりを雇っていた職場に、女の子を雇ったのは初めてのこと。

それ故雇った彼の気に入りようは半端なく、その溺愛ぶりもすごい。


「大丈夫か?このむさ苦しい男共に何かされてはいないか?」
『あー…えっと、大丈夫です』
「元就さーん政宗くんが柚ちゃんにちょっかい出してましたー」
『!佐助さん』
「そうか。ならば伊達は今日からタダ働きだ」
「Fum,社長の息子に給料カットなんざ痛くねーぜ!」
「なら一生マスコットキャラとして外におれ。勿論裸だ。変態として捕まるがいい」
「それは流石にやめてくださいオーナー、私が殺されますので」


仮にも社長の息子にそれはさせられない、と店長兼保護者代わりの小十郎が止める。
これもまた、暴走しようとした元就を止める見慣れた姿である。
こんなのが見慣れるなんざこの職場はなかなか特殊ではあるが…。

見慣れた姿、というとそろそろ彼らも来る頃。
ガチャッと勢いよく扉が開いた。


「おう風魔!いい肉だな美味そうだ!」
「(…魚もすごい)」
「おう、だろ?!今朝俺が釣ったんだよ」


すげえだろ、と言わんばかりに笑うのは近くに店がある魚屋の元親。
その横は北条精肉店の使い、小太郎だ。
このレストランは新鮮な素材が持ち味らしく、こうやって材料は近くの専門業者から直接仕入れている。
ちなみに野菜系の類は店長の小十郎の担当。小十郎手作りの野菜はかなりの絶品らしい。

一人、自分が仕入れを頼んでいるのにも拘わらず思い切り眉を顰める者がいるが、まあこれも毎度のこと。


「チッ……久々に店に出向いて貴様に会うとは」
「おっ、元就!久しぶりだな!」
「我は雇い主だぞ、毛利様と呼べ」


どうやら古くからの知り合いらしく、れっきとした幼馴染みらしいが、かなり仲が悪い。いや、これだけ絡むのだから寧ろ仲がいいのかもしれないが。

喧嘩しだしそうな二人を小太郎が慌てて止めて、(小太郎の威圧はすごい)あ、そうだ、と元親がいう。

なんだ?と見つめる皆を余所に食材を指定してる場所に置くと、ガサゴソとポケットから元親は何かを取り出した。


「なあ柚、お前に聞きてえことがあるんだが」
『?はい』
「遊園地は好きか?」
『へ?遊園地、ですか』
「うん、このまえ魚買いに来てくれたおじちゃんがくれてさ、遊園地のペアチケットあるんだけど使わねえからやるって、だから行かねえ?」
『へえそうなんですか、休みが合うなら行きたいですけど』
「本当か?!」
『ええ、遊園地好きですし』
「そか、じゃあお前に合わせて休み取る、ありがとうな!」
『いえいえ、こちらこそ』


ふふ、とナチュラルに交わされる約束。余りにもナチュラルすぎて、一瞬誰しもが黙ってしまったとは言えない。というか

遊園地…休み取る…2人で…?
なに言ってんだこの魚野郎!!

いの一番に異議を唱えたのは案の定か政宗だった。


「what!?なんで柚がオメエとデートすんだ!するなら俺とだろ!」
「アァ?何でだよ、これは俺が貰ったんだぞ!」
「そのチケットが貴様のならば自ずと我のものだ、よこせ」
「なっ、どういう事だよ!つうか元就あんま仕事休みじゃねえだろ!無理だって」
「チッ。薄ら乳首め」


舌打ちするオーナーの顔はもの凄くドス黒い。せっかく綺麗な顔なのに、非常に残念である。


「えーでも時間だったら俺のが柚ちゃんと同じシフトだし良くない?ねぇ、柚ちゃん俺と一緒に疲れ癒やしに行こうよ!」
『えっ?まあ、元親さんが行けないなら良いけど…』
「えーじゃあ俺も!俺もシフト同じだよ?一緒に癒そうよ!」
「慶次はダメっ!あんた癒すほど疲れてないだろ!」
「えー佐助のケチ」


キーキーと叫ぶ猿な佐助とふてくされて可愛く膨れる慶次。
なんでこんなにも話がヒートアップしてるのか、2人を宥めてる当人(彼女)は意外と理解していなかったりする。(鈍感とは怖い)

すると、宥める彼女にまた言い寄る人がいて彼女は振り返る。彼はつんつんと、今までの人とは違い優しく彼女の袖を引っ張っていた。


『ん?…あっ風魔くん』
「(……あの)」
『どうしたの?…あ、風魔くんも行きたい?そんなに行きたいなら譲るよ?』
「(いや…違う。一緒が、いい)」
『一緒?わたしと?』
「(コクン)」
『そっか…どうしよう』
「Just a minute風魔!お前俺を差し置いて行くとは許さねえぜ!」
『わっ、政宗さん!』
「柚…なに黙ってんだ。俺と行きたいんだろ?そう言え」


この独眼竜はいい加減にしてほしい、と皆が思ってるのはまあ置いといて。何だかんだ言って肝心のチケットは彼女じゃなく元親が持っていることを皆忘れている。
自分が行かなければ良いのだろうか…と彼女は思ったが、今更そんな事を言い出せるような雰囲気ではない。というか言えない。

また、調理場に座って政宗が横暴を働けば勿論ヤのつく人ばりのあの人が怒声を飛ばすわけで。


「いい加減にしてください!政宗様は行かせられませんよ!」
「ああ?何でだよ」
「何ででもです!社長が何故他の店舗に飛ばさないかお分かりですか?少しでも政宗様が早く私の座に付けるようわざわざ」
「ぐっ…うるせえなぁ」
『あの、すみません店長…なんか私のせいで』
「いや、西澤が気にすることはない、政宗様が悪いんだ」
『いや、でも…』
「良いんだ、気にするな…いつもすまねェな」


わしゃわしゃと彼女の頭を撫でる。片倉店長は表面こそ怖いが、こうして振りかける言葉や態度は誰よりも優しかった。

まあ流石に「俺だったらシフト合わせられるし俺と行くか?」と耳元で言われた時はびっくりしたけど。


『ててて店長!!』
「冗談だ、そう赤くなるな」




そんな浮かれたやり取りを繰り返しながら、調理場は更に盛り上がる。これで本当にレストランが営業できてるのか、という基本的な疑問は投げかけないでいただきたい。

それよりも、

彼女は気づいてなかったんだ。この話を蚊帳の外で聞いてる人物のことを。
このみんなの取り合いに参加できずに、悶々としてる彼のことを。

ぷつん、と何かが切れた。それは皆には聞こえない、もちろん彼の脳の中で。


「……柚殿!!」
『へ?わ、幸村くん?!』


その人は彼女の手を掴んで調理場のドアを使い外にでた。彼女はただ驚くばかりで、ついて行くしかなかった。


















――――――――――――――



通りはもう薄暗くなっていた。ドアから出た所で幸村は立ち止まる。


『幸村、くん…?』
「……」
『どうしたの?なんかあった?』


幸村は彼女と同じくこのレストランで働いているが、如何せん不器用なため調理や接客は不向きであった。それでも洗い場なら、と任されて今はどうにかそれがこなせるように。まあ、不器用な彼を口利きで雇ってくれた政宗と珍しく暖かく見守ってくれた元就のお陰でもあるのだが。

今日とて話には出ていなかったが、ずっと洗い場で黙々と皿を洗っていたのだ。だからずっと、あのやり取りを聞いていたわけで。


「遊園地…なのだが」
『へ?』
「元親殿と行くのか?」
『あっ、うん…折角誘ってくれたし、遊園地好きだし』
「そう、であるか…」
『…だめかな?』
「いやっ、そんなことは…ない」


勢いよく飛び出して《自分の》と言わんばかりに手を引いた彼だが、別に彼女とつきあってる恋人同士という訳ではない。
というか、ただの仕事仲間でしかなかったりする。実のところ。
だから当たり前だけど、「行くな」なんて幸村には言えるはずもなくて。

そして彼は、思った以上に大胆なことをしてしまってることにまだ気づいてない。


『あの…幸村、くん?』
「む?」
『いや、手、ずっと掴まれたままだから、その…』


自分の今の状況を見て幸村はカアっとなる。な、なんだこの状況は!と突っ込んだのは紛れもなく自分自身の事。
彼は他の人が彼女とデート出来ないように彼女を外に連れ出した。のはいいが、それは彼にとってとても大胆な行動だった。いや、かなり。

只でさえ異性と話すこともままならない彼が、こんなふうに手を握り女の子を外に連れ出すなんてこと自分でも有り得ない所業だった。だからそれに気づいた今が、とてつもなく恥ずかしくて。

恥ずかしい、破廉恥だ何をやっておる幸村…!(勢いとは怖い)

掴んでいた手を幸村は慌てて離した。


「す、すまぬ…!無我夢中で出てきた故、その、某」
『……』
「その…」


すると彼女は何か思ったのか、ふうと息を吐く。


『…やっぱり断った方がいいのかな、みんな喧嘩しだしちゃったし』
「…へ?」
『うん。やっぱり遊園地には行かないことにする。ごめんね?幸村くん』
「いやっ…だが」
『いいの!騒がしくしちゃったし…それでやめた方がいいって言いにきてくれたんでしょ?』
「え?!いや、その……そういうわけでは…」


何となく言葉を濁してしまう。止めに来たといえば止めにきたのだけど、そう言う意味ではないから何とも言えなかった。(うんとも云えない)
すると彼女は、それはそうと気になったんだけど、なんて話し出す。気まずく伏せた顔を幸村は上げた。


『幸村くん、手荒れてるよね?毎日お皿洗ってるからだろうけど…クリームつけた方がいいよ』


そう言って彼女は降ろしていた幸村の手を掴み、手の甲を触る。きょとんとする彼を前に、いつも頑張ってるもんね、そりゃ荒れるよね、なんて呟きながら彼女は手を触った。
そんな姿に幸村は赤くなってしまって、どうしようもない。更に沸騰して顔が茹でダコみたいになってしまったから、外が暗くなってて良かったと幸村は思った。


「あ、の…柚殿?」
『私いいクリーム知ってるんだ、持ってたんだけど、もう全部使っちゃって』
「く、くりぃむ…?」
『うん、こういう調理場の洗剤質良くないから荒れるでしょ?だからハンドクリームつけた方が良いんだよ』


きょとんと見つめる彼に、彼女は更に続ける。

次の言葉に心臓が跳ねることも知らず、ぼーっとその言葉を待った。


『あ、今度一緒に買いに行こうか?教えてあげてもいいけど分かんないだろうし…

時間できたら、2人で出掛けよう?』

「!!!」


思わず固まった幸村は石像のようだったと思う。
とてつもない衝撃にショートしそうになった彼に、これはデートの誘いだという理解が出来るのはこの10秒後だ。
無意識のうちに頭を振って、肯定を告げる。大丈夫?嫌じゃない?と彼女は首を傾げた。


「いい嫌など!!よければこちらからお願い申し上げたくっ!!」
『?そう、わかった。じゃあ行こうね』




笑いながらそんなことを言う彼女は、こんな約束してどうなるかなんて分かってなんかいない。喜びに満ち溢れる彼に嫉妬という野次が飛ぶのは、2人のやり取りをドアから覗き見していた全員からだ。

それでも幸村が終始喜んでいられたのは、その誘いが《彼女から》であったからだと思うが、周りの男達がそれで納得いくはずもなく。
2人が戻ってきた調理場はまた一段と五月蝿くなった。


「ちょっ、幸ちゃんデートってどういうこと!?」
「ぬおっ聞いてたのか!?で、デートではござらん!!」
「うるせーよ!ぜってーお前達についてってやるからな!」
「俺様もついていくかんね!旦那だけズルすぎっ!」
「ちょっ、お前ら文句は良いがうるせェぞ!政宗様は包丁を置いて下さい!」

『あ、はは…』



――また騒がしくなっちゃったな――そうガヤガヤする周りを見て思う。
最初はあまり好きではなかった仕事場だけど、こんな職場もいいかな、なんて最近は思ったりもした。

…まあ面倒くさい人も多いけど。


ふふ、なんて笑いながら『今日も平和だな』なんて
騒がしい皆を見て彼女は思うのだった。



あるレストランの一幕


(この騒がしさが、意外に好きだったり)




(2010.10.30)

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