芽生え 視界にある部品が二重に見えて、やっと気づいた。ああ、最近寝てなかったっけ。(忘れてた) 昼間に女の子(零とか言う人)を基地に送ってからまたずっと作業場に缶詰めしてたけど、もうさすがに無理らしい。ん、と背伸びをして立ち上がると、部屋へと向かう。 誰もいない廊下を歩く。誰もいないって当たり前か。もう夜中の三時を過ぎてる。 薄暗いその道を、落ちてくる目蓋と戦いながら歩いた。 「んー…」 ガサゴソ、つなぎのポケットを探ってカードキーを掴む。その鍵は、自分の部屋のものじゃなかった。何ヶ月か前に作った、隣の部屋の鍵。大事な部品やらガラクタやらを置いていたらいつの間にかパンパンになった自分の部屋。仕方ないと思いつつも、隣の部屋を借りることにした。もちろん、使用は無許可だ。(鍵作るくらいは簡単) 正一に許可を貰おうとも思ったけど、なんか正一色々ウルサそうだし。ヤメた。(部屋片づけろとかいいそう)(…自分はウチより広い部屋に住んでるくせに) ガチャ、と開けて薄暗い部屋の中に入る。 「えと…フトン…」 月明かりに照らされた部屋の中を足を引きずりながら歩く。電気をつけようかと思ったけど自重した。どうせまたすぐ消すから。 フトンをしまった棚は、こっちだったかな、多分。 でもその瞬間、何もおいてないと思ってた場所に何かがあって足を引っ掛ける。ドサッ、自分の不甲斐ない転けた音が辺りに響いた。 「!…う…っ」 思わず引っ掛けた、割と大きめなその物体。なんだ?と振り向いてようやく分かる。これは、もしや、 バッグ…? 見覚えのあるそれ。少し記憶を辿ったらすぐに分かった。でもそれと同時に、聞こえてきた声。 『ん…』 「…!」 『……』 すやすや、またその声は深い眠りへと入っていく。この声…顔は、(今日迎えにいった、) 部屋に備え付けてあるベッドにゆっくり近づく。やっぱり、あの子だった。 なんでウチの部屋に…?そう思ったけど、驚いて今は頭が働かない。ゆっくり深呼吸して、彼女の顔を見た。 「……おい、アンタ」 『…ん』 「(熟睡してる)」 今にも眠ってしまいそうな思考を叩いて、少し考える。この子はここに住み込むとか言ってたな…正一に勉強教わるって。そっか、だからこの部屋に…(正一ウチが使ってるって知らないからな) そっかそっか…。 納得したものの少し困ってしまう。ウチのネドコがなくなった。(…この枕もフトンもウチのなのに) 「……ねえ」 『ん……』 「起きてくれ、これはウチのだ」 『……』 「(起きる気配なし、か)」 ゆさゆさ揺さぶって起こすのも考えたけど、なんだか気が引けた。気持ちよく寝てるみたいだし…。(ムリに起こすのもな) 枕の周りには沢山のノートや付箋、どうやら寝る直前まで勉強していたらしかった。何よりなんだか不思議な気分になるのは、自分の部屋に女の子がいるという違和感。 「……こんな、小さい」 『…ん、』 「…柔らかい、んだな」 ゆっくり髪を、優しく触ってとか、みる。女の子の髪の毛はこんなに柔らかいんだな、驚いた。(ウチのより柔らかい…) 透き通る肌に、華奢な体。静かな寝息。 ヘンな気分だった。明らかに自分と違うものが、そこにはある。 『ん…』 「!…」 『……だれ…?』 髪の毛を触っていた指を、ビックリして思わず止めた。寝ていると思っていたその子がいつの間にか起きてて、誰だろうとこちらを見ている。どう、しよう。(…起こしてしまった) 眠そうに目をこする。少し離れてその子を見つめた。 「…すまない、ここ、ウチのネドコなんだ」 『寝床…?』 「うん。知らずに勝手に入った。ごめん」 『……!、わたし部屋』 「イヤ、間違えてない。これ正一から貰った地図だろ」 『え…?あ、はい…』 「ウチが勝手にこの部屋使ってたんだ…空き部屋だったから。うん、だから」 アンタは悪くない。そう言ったら『そう…ですか』とまだ寝ぼけた声で答えた。 机の上に置いてあった正一の地図、月明かりに照らしてみると確かにこの場所が零って子の部屋になってる。 やっぱりそうだったか。(どうしよう…これからネドコ) ガサゴソ、シーツを捲った彼女はやっとこ頭が鮮明になったのか、ウチを見て『スパナさん、でしたよね』なんていう。そう、と一言答えた。(正一が教えたのかな) 『勝手に使ってたって…これスパナさんのベッドだったんですか?』 「…まあ、枕とフトンはウチのだ」 『そう、ですか…すみません』 「(眠そうな顔)…気にするな。」 『……あっ』 「……」 『……そいや』 「…ん?」 『さっき捨てました…あれ』 「?なにを」 『パンツ…スパナさんが笑うから』 「!…ああ。わざわざ捨てたのか。 似合ってたのに」 『う………うれしくありませんよ』 軽く膨れて枕に顔を伏せる。別に捨てなくてもいいのに…面白い子だな(膨れてる…かわいい)(ん?可愛い?) 未だに眠そうなその子を見て、ここにいても寝れないかと思ったウチはゆっくり立ち上がった。零って子は不思議そうにこっちを見る。 『?スパナさん』 「ウチここで寝れないし…作業場で寝る」 『行っちゃうんですか…?』 「うん。とりあえず枕とかは貸してあげるから。 起こしてすまなかった。」 『……。』 「!…ん。」 『……』 「?どう、した」 歩きだそうとしたら右足が動かなくてビックリした。そろりと右足を見る、やはりか服が掴まれていた。(ビックリした) どうした?と聞くとごにょごにょと口ごもる。それじゃわからない、そう言って顔を近づけた。 『!(…近い)』 「何なんだ。眠いんだけど」 『あ、すいません…あの、さっき…怖い夢みちゃって』 「コワい夢?」 『はい…お化け系の』 「……」 『独りになりたくなくて…思わず引き止めちゃって…で、でもやっぱり良いです』 「……」 『…おやすみなさい、』 「…眠れないのか?」 『……え?』 「……そうか。わかった」 ウチはそう言うとベッドの隣にあぐらをかいて座る。隣のその子は驚いたのか目を丸くしてこっちを見てた。 コワくなって眠れなくなるのは分かる。ウチもよくあるから。(うんうん、) さっきは無断で触った髪を優しく撫でる。大丈夫だ、そう一言呟いて手を握った。 「ウチがついてる。」 『スパナ、さん……』 「手を握ると安心すると聞いたことがある、握っててやるから。」 『…あり、がとう』 「気にするな」 『……』 「…?どうした」 『……ううん。第一印象と違うなって』 「ダイイチ…?」 『うん。スパナさんは本当は… 良い人、なんだね?』 にこ、っと微かな笑みを浮かべる。その表情は月明かりでも分かるほど、何というか 綺麗なものだった。 一瞬、思考が止まる。ヘンに心臓がウルサくなって、苦しくなった。(な、んで…苦しい?) 動けないウチを置いてゆっくり彼女は目を閉じる。つないだ手をギュッとした。 『じゃあ…おやすみ、スパナさん…』 「……あ、うん」 それは今まで味わったことのない、不思議な感覚だった。今まで生きてきてこんな気持ちになるのは初めてだ。 この感覚は何なんだろう。胸を騒がすのは一体? 寝息を立て始めた彼女の横で、そんな想いに押しつぶされそうになった。 「なんで…こんなに ウチの心臓、ウルサい…?」 それが特別な感情だなんて、分からなかった。 疎いウチには、何も、 awakening (柔らかい小さな手を握る。胸がキツくなって、眠れなかった。) [←][→] |