安心 「あのー…零ちゃん?」 『…何でしょう』 「なにかあったかな?」 『……。なにがですか』 「いや、眉間に皺寄ってるから」 俗に言う応接間、みたいな場所に通されてわたしは入江さんと話していた。怖いよ、そう言われて急いでその顔を元に戻す。目の前の入江さんは、不安そうな顔でわたしを見てた。 「大丈夫?」 『あっ、すみません…大丈夫ですよ』 「もしかして、だけど」 『はい?』 「迎えに行かせた人が悪かったかな」 『…イヤまあそんなことはないです。』 「(棒読みだ)やっぱりか…」 『…あ、でも大丈夫です!心配かけてすみません、』 「いや、本当…ごめんね?」 『いえいえ…。 それにしても、ここ広いですね。端から見たらお家だとは思いませんでした』 「ああ、うん。家って言うか、宿舎みたいなもんなんだ。綱吉くんの好意で貸してもらってて」 『つな、よし?』 「うん、ここの家主だよ。」 入江さんから色々と説明を受ける。ここは入江さんの働く会社の寮みたいなもので、入江さんを始めいろんな人が生活してるらしかった。 ってことは、迎えにきたあの人も(働いてるって、ことなのかな?) 驚いたでしょ、そう言ってお茶を渡す。驚きました、そう笑ってお茶を受け取った。 『余りにも大きいから入江さんお金持ちなのかと思って』 「はは、ごめんね。違うよ。一般ピープル」 『ふふ、そうみたいですね、良かったです』 「あ…正一、でいいよ」 『え?』 「入江さんじゃ堅苦しいだろ?これから生徒と先生になるんだし、呼び方」 『あ、そっか…正一、さん』 「……」 『…正一、』 「…正ちゃんでもいいよ?呼びにくいなら」 『……あ、すみません…じゃあ、正ちゃん?』 「うん。僕は零ちゃんって呼ぶね」 ぽんっと優しく頭を撫でる。入江さん、もとい正ちゃんは何だかお兄ちゃんみたいだと思った。しっかりしてて、頭も良くて、やさしい。 良い人に家庭教師してもらいにきたなぁ。(おじさんに感謝だよ) 「……僕の顔、なんかついてる?」 『!…あ、いえ』 「?ならいいけど」 顔を見てぼーっとしてたら不思議がられた。やばいちょっと、(これは見すぎたな?) コレがここの間取り図、そう言って正ちゃんは手書きの紙をくれる。そこには部屋の位置と知らない名前が羅列するように並んでいた。 「ここが零ちゃんの部屋。多分、空き部屋だった筈だから」 『あっ、はい』 「隣はスパナだけど、ごめんね?」 『すぱな…?』 「うん、迎えにきた人」 『!あ、あの人…(そんな名前なんだ)』 「それと家事のことも、あまり気にしなくていいから」 『え、?』 「一応タダの代わりにって条件で出したけど、受験生だし暇ないだろうし」 『で、でも…申し訳ないです』 「はは、大丈夫だよ。洗濯とか、自分の身の回りのことだけしてもらえれば」 『本当に…いいんですか?』 「うん。食事は雇ってる人いるし、大丈夫」 『そっか…なんかすみません』 「いえいえ、気にしなくていいよ」 正ちゃんはとても優しくて、なんだか少し申し訳なくなってしまった。何かで貢献しなきゃと思ってたのに、家事しなくていいなんて。 …おまけに正ちゃん仕事の片手間でみてくれるんだよね、(なんか申し訳ないな) するといきなり、ガタガタ机の上に置いていた携帯が鳴りだして驚いた。 どうやら正ちゃんの携帯らしい、はいと素早く電話をとる。 「ちょっとごめんね、」 『!あ…大丈夫です』 どうやら仕事の電話らしかった。今まで柔らかかった表情が一瞬で無くなって正ちゃんは別人の顔になる。すごい…仕事の顔ってやつかな(かっこよく見える)(…いや、見えるはおかしいか) 正ちゃんはどうやら呼ばれているようで、仕方ない今から向かうよ、そう言ってから携帯を切った。 置いていた上着を持って準備をする。 『仕事、ですか?』 「ああ、うん…休みだったんだけど」 『そうですか…』 「!あ、ごめんね…その紙見て部屋行けるかな? 今日はもう疲れただろうし、部屋でゆっくりしてていいよ」 『あ、は、はい』 「っと…あれ、この辺に書類が」 『……』 「あれ…」 よく分からないけど、モヤモヤした気持ちがあって、自然にわたしは体が動いていた。このままじゃ行かせられない、分からないけど心のどこかでそう思ったんだ。 椅子から立ち上がったわたしは部屋から出て行こうとする正ちゃんのシャツを、ギュッと握って引き止めた。 驚いて正ちゃんは立ち止まる。 「!…どう、したの」 『……』 「零ちゃん…?」 『……あの、わたしで良かったら…頼ってくれませんか?』 「…え?」 『負担ばかりかけたくないので…できることあったら、言ってください』 「零、ちゃん…」 『……』 「…ありがとう、わかった」 『よかったで……!、』 「……」 『え…正ちゃん?』 良かったと一息ついたと同時に、正ちゃんがわたしの肩に寄りかかってきたからビックリした。 ち、近い…(やばい、あんまり免疫ないのに、) ドキドキするわたしを余所に、ふう、と一息つく正ちゃん。わたしの肩に顔を置くと、聞こえないくらいの声で呟いた。 優しい声で、そっと。 「…良かった、変わってなくて…あの時と」 『…え?』 「…ううん、なんでもない。」 『…?』 「じゃあ一つお願いするよ」 『あっ、はい』 「これからは敬語禁止。」 『……え?』 「これから先、敬語は一切使わない。壁感じちゃうから。 いいね?」 そう言ってわたしから離れる正ちゃん。敬語禁止、って(というかそれ頼み事じゃないような…) 驚くわたしを置いて、明日から勉強みるから、そう言って正ちゃんは頭を撫でた。 やっぱりその手は、何だか優しかった。 「あ、やばい早く行かないと」 『あっ…気をつけて、ね』 「…ふふ。ありがとう、零ちゃん。 行ってきます」 ニコッと笑って正ちゃんは部屋を出て行く。わたしはその後ろ姿を最後まで見送った。 何だか分かんないけど、正ちゃんといると不思議な気分になった。心が安らぐような、そんな気持ち。 『何、なんだろ…』 このときのわたしは、その理由までは理解ができなかった。 ただ確かなのは、 relieved (これから何かがあるという、漠然とした予感だけ、) [←][→] |