白い砂時計
※にょたよしで兄貴が三十路前な
ぱられる(?)です
橙赤色に染まった空と海の境目に、赤い赤い太陽が耳の奥へ焼け付くような音を残して消えた。
裸足の爪先をぬるい潮水がくすぐる。波打ち際で立ち尽くしていると、柔らかな波が良守の足首までをざばりと包み、足場の白砂を掠っていった。
「良守ー…かぜひくよ、」
「若いから大丈夫だって。」
「……あのな、俺だって一応まだ20代だぞ?」
良守が素足を遊ばせる水際からは少し離れたところから、子供は元気だねえ、と年寄りじみた言葉が届く。
もう30も目前にして(元々若年寄な男だったとは思うが、)20代をそれなりに忙しなく過ごした兄は、メタボがどうのと騒がれる世の中でおまけに極端な甘党にも拘らず、仕事柄か身体こそ年齢の割に若々しく、それでいて顔つきは随分涼やかになり本人をして“捩れて居る”と言わしめた難儀な性格すら、それなりに軟らかくなっているように思えるのは、これまでの青年期に於いて、彼が実の妹から見ても散々な目に、それも幾度と言わずあってきたからだとも言えるのだろう。
まだオレンジを残す空と濃碧の水面に映える白いスカートを、潮風がふわりと揺らす。良守は くるりと兄へ振り向いて、揶揄うように無邪気に笑った。
「でももう、若くは無いよねー!」
ざあ、と全身を包む波の音に負けないよう、良守は口に片手を添え、満面の笑みで叫ぶ。
「きのーだってぇ、
あにき、すげーはやっ」
がつん!
「………ッたぁ…!!」
「…だァれがそーろーだって?」
突然頭上から振り降ろされた薄青の凶器に頭の天辺を強かに打たれ、垂れた首を、良守は涙目のままでゆっくり擡げる。
いつの間にか目の前に着流しの男が立って、悲しいような、楽しそうな、呆れたような、よく分からないが半笑いの顔が此方を見下ろしていた。
「…だからあに…」
ごつ!
「……〜〜!!!!」
くちびるを尖らせながら零せば、今度はもう一度同じところへ、堅い拳が降ってきた。
あまりの激痛に、良守は口をぱくぱくと鯉のように開いては閉じ、声にならない悲鳴を上げる。
「な、何も二回もぶつことないだろ!」
「愛のお仕置ってやつだ」
「……だって本当のことじゃんか」
「………ほーぉ?」
へー、ふーん、なるほど、
とかなんとか言いながら、正守は良守の腰元を抱いた。
大きな瞳を真ん丸にして固まる良守のくちびるに、そっと触れるだけのキスをすると、黒曜の輝きがふるりと揺れた。
「じゃあ、計ってみようか。」
ね。
そう笑って宣う兄の手には、先程立ち寄った土産屋で手に入れた、白い小さな砂時計。
にっこり素朴な微笑みの裏にどれだけ闇を潜めているか知らないが、彼の青年期は本っ当に散々だったのだと、改めて、声を大にして言ってやりたい。
そして彼の妹である良守も、お陰様で。
サラサラ流れる白砂と共に零れたのは、
良守の甘い甘い涙の粒。
良守はそのまま兄の肩へと軽々担がれ、濡れた素足をばたばた暴れさせたけれど、結局過ぎた時間は誰にも取り戻せないのだった。
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