一 ぱち、ぱちん。 軽い、弾けた音が響く。 墨村家の居間に、こんもりと大きな、黒い塊が蹲って居た。 「……何してんの?」 「んー、爪切り。」 そう答えたと思えばすぐに、くいと顔を上げる。 「良守のも切ってやろうか?」 そう云って奴は、にこりと楽しそうに笑ったのだった。 或る愛の形 ぱちん、ぱちん。 差し出した指を固定され、けして深く切りすぎることのないよう慎重に爪を摘まれる。 それも、彼の膝上で。 腕を引かれて体勢を崩した瞬間に、そこへすっぽりと嵌ってしまった。 多いに暴れてはみたが、後ろから太い腕に抱き留められ、 ふう、と耳に温かな息を吹き込まれるのを感じ、びくんと躯が硬直した。 そのまま手を取られ、こともあろうに(まるで其の元凶を解していないように)、「暴れたら、指まで切れるかもしれないぜ?」と宣ってきたので、渋々ではあるが、そこに留まってやったのだった。 右の指を全て整えてから、左の手を取られる。 子供のように扱われるその行為が実に不愉快ではあったが、背中から伝わる温もりと穏やかな呼吸に、ほんの少し安らぎを覚えた。 くたり、と身体を預けると、兄の顎が頭の天辺に当たるのを感じた。 きっと笑ってるのだろうけど。 ――――……‥・ 一切を切り終えると、ぐいと兄の目線まで、手を引き揚げられた。 正守はうん、と満足げに呟くと、一旦、摘んだ爪を捨てた。 ご丁寧に鑢掛けまでしてくれるつもりらしい。 → |