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ねだる3幕 (2010年8月26日)

<3年後>

「……勉強だァ?」

 毎年の恒例のようにして誕生日プレゼントを尋ねると、神妙な顔をして妙なことを頼まれた。
 了平、高校3年生。受験生真只中の夏のことだ。
 これまた例年どおり、彼の夏休み期間に合わせて休暇をとっていたザンザスは、やはり日本に来ていたのだけれども。

「じゃあ、勉強を教えてくれ。」

 真面目な顔をしてそんなことを言う了平に、思わずザンザスはその額を掌で覆ってみていた。

「……熱はねえな。」
「む、何の真似だ!」
「いや……この暑さで頭が沸いたのかと……。」
「なんだと!? 俺は夏バテするようなヤワな神経はしとらん!」

 おまえじゃあるまいし! などと余計なひとことを付け加えたので、とりあえずその頭を殴っておいてみた。ザンザスは昔から夏が苦手なのだ。
 文句を重ねようとする了平に先んじて、更に尋ねる。

「柄でもねえな。どういった風の吹きまわしだ?」

 了平は正直、勉強ができるほうではない。
 中学生の頃も補習の常連であったし、高校生になってからもしばしば赤点をとっては再テスト、再々テストを受けているという話をよく電話で聞いていた。
 義理堅く誠実な質であるので、一応真面目に勉強をしようとはしているようなのだが、それよりなにより部活一筋、ボクシング一直線の了平は、そちらに体力を使いきっている感が否めない。年頃の男の子らしく食べ盛りでものすごい食欲であるくせに、それは縦に伸びる栄養と、ボクシングをする体力とに向けられてしまっていて、勉強へは回っていないようなのだ。
 そして心根も精神も真っ直ぐであるが故に、どうも要領が良くない。勉強は積み重ねの他に要領も要求されるものであるとザンザスは考えている。常時死ぬ気男と呼ばれることもある了平ではあるが、ただただ一生懸命勉強を「やろう!」としているだけでは、できるものもできない。
 なによりも、そもそものところ了平は、じっとしているのが苦手な質なのだ。机の前に座って勉強をし続けることがどうもダメなのだろうなあと、普段の生活を見ていないザンザスにだって見て取れる。
 そんな了平に勉強を教えてほしいと強請られるなんて。
 了平はザンザスに殴られた場所を撫でながら、少し唇をとがらせた。

「……仕様がなかろう。一人前にボンゴレで働きたいのだったら、大学くらい行っておけと沢田の父上に言われたのだ。」
「……あァ?」
「マフィアも最近はインテリだからとかなんとか……男なら拳で勝負だと俺は思うのだが……。」

 それから了平は、少しむっとした顔のまま、ザンザスを見上げた。

「おまえ、頭がいいのだろう! 沢田の父上に聞いたぞ! 飛び級していたりしたのだろう!」
「……。」
「コロネロ師匠は戦いのことは教えてくれても、勉強のほうはからっきしだからな。ならばおまえに教えてもらうのが1番いいだろう!」

 だから頼む! とこれまた真面目に頭を下げられても、ザンザスは黙っていた。
 了平もまた、頭を下げたままである。返事を貰えるまでは下げ続けるつもりなのかもしれない。
 ザンザスはふ、溜息をついた。

「……おまえは……。」
「む?」
「……。ボンゴレで働くつもりか、了平?」

 ――ザンザスは、了平が晴の守護者であるということを忘れたことは、1日たりともない。
 忌々しくも、ボンゴレリングに血を拒絶された自分。そして、なんら問題なく受け入れられた綱吉。……笹川了平という男が、彼の下にあるべき者だということを、意識しなかったことなど、ない。
 それでもなんらそれらを気にせずに、了平が自分の傍を選んだのだということも、ザンザスは知っている。それはヴァリアーとかボンゴレとかマフィアとか、そういうものを愛で超越したとか、そんなロマンチックな理由などではなくて、単純に了平が物事を難しく考えるのが苦手だからなのだということも。
 けれど、こうしてボンゴレを選ぼうとする姿勢を見せられると。
 彼の愛するボクシングに特化した世界ではなく、血なまぐさいマフィアの世界を選ぼうとする姿を見せられると。
 ……晴れの守護者を全うするつもりであると、言われているようで。
 胸が、軋まないわけでは、ない。
 了平は顔を上げた。ザンザスのほとんど動かない表情の中に何を見出したのか、いつものように真っ直ぐな瞳で、いつものように真っ直ぐな言葉を投げてきた。

「俺は、おまえの傍にいることに誰にも文句を言わせたくないのだ、ザンザス。」
「……。」
「今のボンゴレ関係者にだってそうだし、外野にだってもちろんだが、沢田にだって、獄寺や山本たちにだって、なによりおまえ自身にだって、何も文句を言わせたくない。そのためにはきちんと基盤が必要だ。なにごとも基礎が大事だからな!」
「……。」
「ボクシングを辞めるつもりはない。強くなるのに場所は選らばんからな。だがおまえか沢田たちか、どちらかを選べと言われても、俺にはできん。かといって白黒つけんのも気持ち悪い。だからボンゴレに入って、ボンゴレのことを知って、なんでもできるようになって、0でも100でもない50を選択できるようにしたくてな!」

 文句は言わせんぞ!
 拳を握って高らかに宣言する了平の頭を、ザンザスは思いっきり殴った。

「いっ…………たぁ―――――――! 貴様、突然なにをするのだ!?」
「……ノートと教科書とペン持ってこい。」
「なに!?」

 ザンザスは、再度溜息をつく。
 大きな大きな、何かを吐き出すかのような。

「勉強したいんだろうが。」
「む? 教えてくれるのか?」
「色気はねえし、可愛げなんざ微塵もねえが、……欲しいと言われりゃ、やるしかねえだろう。」
「おお! すまんな、感謝する!」

 さっきまで怒っていたのもなんのその、了平はころっと表情を変えて、嬉しそうな顔をした。
 自分が言っている意味など微塵も分かっていないのだろうな、と理解しつつ、ザンザスは三度溜息をついた。

「やるからには容赦しねえぞ。」
「うむ、望むところだ!」



 その後、誕生日当日。
 ザンザスは了平を連れ出し、スーツ一式を買い与えたそうだ。

「おまえの場合、頭のほう以上に色気も必要だからな。」

 そちらが本当の誕生日プレゼントになったとか。
 その言いざまに、了平はひどくむくれていたとか。







<6年後>

「誕生日のプレゼントで、欲しい物があるのだが。」

 そう了平に言われ、ザンザスは目を瞬いた。
 今までにこちらから誕生日プレゼントを尋ねたことはある。というか、毎年結局何を渡したものかと悩み過ぎて埒があかないので、直接本人にたずねてきたわけだが。
 だが今回は、どういった風の吹きまわしか、本人のほうから要望が出た。

「……なんだ。」

 首を傾げて尋ねてやれば、ちょっと迷ったような顔をしてから、意を決したような表情でなにやらパンフレットを渡される。
 見れば、温泉地の旅行パンフレットであった。
 決して高級な旅館などではない、侘しげで寂しげな風情の宿。場所も自然豊かとかそういう様子でもなく、なんだかぱっとしない。
 別に行きたいのならば構わないのだが、どうも了平が選んだ場所にしては静かすぎるようだと更に首を傾げれば、ぽつりぽつりと説明を始める。

「その、なんだ、落ち着いて逗留できる場所らしく……温泉も、なかなか疲れなどに効くと評判でな。だからもしおまえが嫌じゃなければ……。」
「……てめえの誕生日だろうが。てめえの好きにしろ。……それで、なんだ、この宿を予約すればいいわけか?」

 詳しくパンフレットに目を通し始めたザンザスに、了平が慌てて声をかけた。

「あっ、いや、そのだな、実はもう予約自体はしてあってだな!」
「……はァ?」
「料金ももう払ってあるから、その辺はもういいわけで!」

 なんだ、それではプレゼントにならないではないか。
 とうとう不可解極まって顔を顰めたザンザスに、了平は暫し視線を彷徨わせる。
 それから、癇癪を起したようにしてその真っ直ぐな瞳を向けてきた。

「ええい、まどろっこしい! おまえと旅行に行きたいのだ! 場所などどうでもいいが、どうせならおまえが休める場所がよかろうと思っただけだ! もうその辺は全部俺がやるから、おまえ、休暇を取れ!」
「……。」
「それで、その休暇を誕生日プレゼントとして俺に寄越せ!!」

 ……。
 …………。
 …………………。

 ぶ、とザンザスが盛大に噴出した。
 了平の顔が真っ赤になった。

「わ、わ、笑うな!」
「だ、だっておまえ、ぶ、は、はははっ、馬鹿じゃねえのか、ははっ。」
「どうせ俺は馬鹿だ、ボクシング馬鹿だ、わかっとるわ! なんだ、結局休暇をとるのかとらないのか!」

 ザンザスはひいひいと笑ったまま、了平の背を引き寄せる。笑いすぎて腹がひどく苦しい。

「わかったわかった、休暇はとる。……てめえ、そういうときは単純に、『どこそこに行きたい』と俺に言えばいいだけの話だろうが。」
「……忙しいだろう、おまえは。」

 だから、休暇自体をとってもらえるかどうかわからなかったから。
 そう言ってむっとした顔をするのが、どうもたまらなかった。

「来年からは、行きたい場所を言うだけでいい。あとは俺が手配してやる。」
「ん!? ……それは、毎年この時期に休暇を取ってくれるということか!?」
「……構わねえぜ、行きたい場所だけ考えとけ。」
「おお! そ、そうか!!」

 了平は顔をぱっと輝かせた。
 ――その後数年、この約束は確実に果たされ続けることとなるのだが、それはまた別の話。



「で、なんで今回はこの温泉なんだって?」
「う。……いやその、俺のバイトだけで賄えるような場所が他に思いつかなくてだな……。」
「……ぶはっ。」
「だだだから笑うなと言っておろうが!」







<10年後>

 誕生日に、連れてきてもらっている旅先にて。
 午前中に思う存分泳ぎまくったのと、その時に思った以上に日焼けしたのとで、さすがの了平もベッドにへたばっていた。
 しかし、しばらくゴロゴロしていた了平は、いきなりガバッと身を起こす。そして隣のベッドの上へと移動してきた。
 本を腹の上に臥せて微睡んでいたザンザスは、突然揺れたベッドに驚いたように目を開ける。そして眩しそうな顔で了平を認識して、ふう、と息を吐いた。
 了平は気にした様子もなく腹這いでザンザスににじり寄る。

「ザンザス、欲しいものができた。」

 ザンザスは片眉を上げて了平を見返した。
 了平が成人したあたりから、了平の誕生日前後には2人示し合わせて休暇を取るようになっている。了平が「山に登りたい」だの「大自然が見たい」だのという大雑把なオーダーをして、それに合わせてザンザスが旅行先を考えてくる、というのがもはや毎年の恒例となっていた。
 他にも細々とした身の回りのものや酒などをプレゼントしたりしていたが、基本的にこの旅行がプレゼントである、というのが暗黙の了解のようになっている。
 そんなわけで、了平はザンザスが毎年どこを選んでくるのか、旅行先でどのような小物を与えてくれるのか、楽しみにしているというのがスタンスとなっていた。もちろんザンザスとしては、目の前の男が何か希望を述べるのであれば、それを叶えてやるのは吝かではないと思ってはいるのだが。
 欠伸を零したザンザスは、ごろりと了平に向かいあうように寝返りをうつ。ぱさ、と腹の上から本が落ちるので、それを枕元へとよけておいた。

「いいぜ、言ってみろ。」

 眠たげな顔のまま、かすれた声でザンザスは言った。ザンザスは了平が泳ぐ間中、デッキチェアで寝そべっていたのだが、さすがに日焼け疲れしているらしい。
 了平は悪戯気に笑った。

「お手伝い券を寄越せ。」
「……お手伝い券?」
「知らんか? 小さい子供などが父の日や母の日に両親に渡したりするんだが。肩たたき券とか、お皿洗い券とか、おつかい券とか、そうでなければもうただ単純にお手伝い券だったりもする。」
「はあん……?」

 欠伸を噛み殺したザンザスは、訝しげな顔をした。
 なにも内容に違和感を覚えたわけではない。そういえば、日本にそのような習慣があるらしいと聞いたことがある気がする。大昔に家光あたりが、「見ろよ〜ツナに貰ったんだぜ〜♪」なんていやにハイテンションで見せびらかしてきたようなこないような。
 ザンザスが違和感を覚えたのは、なぜ了平がザンザスに対してお手伝い券などを要求してきたのかということだった。別に、そんな券なんて作ったりしなくても、そんな手伝いぐらいいくらでもしてやるのだが。
 その通りに伝えれば、了平は妙にうきうきしながらサイドテーブルに置いてあったメモ帳とペンを取り上げる。

「なら俺が欲しい券をつくるから、おまえ、券にサインをしろ。」
「……構いやしねえが……。」

 了平はベッドに腹ばいになったまま、ザンザスがよけていた本を机代わりにして、ぴりぴり破ったメモ帳になにやら書き込みはじめた。
 ザンザスは寝そべったまま頬杖をついて、その様子を眺めていた。

「えーまずは、足揉み券だろうな。」
「……ああ、ドン護衛の仕事で立ちっぱなしで足が辛ぇとか言ってたな。」
「うむ。ほらサインしろ。」
「……。」

 了平に本ごとメモ帳とペンを渡され、頬杖をついた姿勢のまま、ザンザスは器用に名前を書き込む。
 それを満足げに眺めると、了平は次の券にとりかかった。

「あー次はー……ハグをしてくれる券だな。」
「……。まて。てめえ、それは、お手伝い関係ねえじゃねえか。」
「何を言う、足揉み券や肩たたき券とそう変わらないだろうが。癒しだぞ、癒し。体調管理には欠かせんぞ、ハグは。」
「……。」
「ほら、サイン。」

 なんだか釈然としないものを感じながらも、ザンザスはそれ以上言い合うのも面倒になって、素直にサインをしてやった。
 再びペンを取り戻した了平は、軽く天井を仰ぐ。

「それからー……そうだな、キス券。」
「………………おまえな……。」
「なんだ文句あるか?」
「……。」

 ペンを差し出され、ザンザスは口を噤んだ。
 なんだか、だんだんと了平の意図が分かってきた。

「膝枕券とか腕枕券とかもいいな。それから、そうだな……手を繋ぐ券だろ、腕を組む券だろ。……ああそうだ、一緒に風呂に入る券だな。」
「……どんどん欲望丸出しになってきやがった。」
「なんだ、欲望丸出しがいいのか? そんなことを言ったらもう、一緒に寝る券を作らなくてはいけなくなるではないか。」

 くっくっくと楽しげに笑っている了平は、どうもだいぶ機嫌がいいようだ。
 ザンザスは呆れかえっていたが、その顔を見ると、なんだかどうでもいいような気持ちになってきた。
 どうせ券があろうがなかろうが、まあ、全部いつもしていることには変わりがないのだし。

「頭を撫でさせる券とかどうだ? あ、ちなみにな、こういう券を俺が出した場合、おまえに拒否権はない。」
「……おい。」
「いいな、おまえが嫌がっていても頭をぐりぐりと思う様撫でてやれるわけだ。うむ、これはいい! 採用だ!」
「……。」

 ちょっと前言(?)撤回をしたくなったザンザスであった。
 まあ、誕生日だからこそ許される、そんな一幕。



「よし、財布にでも入れておこう!」
「……どうでもいいがてめー、それをボンゴレの奴らに見つかるようなヘマするんじゃねえぞ。」
「む?」
「絶対に面白がられる。……ああクソ、思い浮かべただけで腹立たしい。」
「おまえもなかなかに神経質な奴だな、こんなものちょっとやそっと見られたくらいでどうということもなかろう。そもそもそう簡単に見られるようなことになるわけおっと落した。」
「だから気をつけろっつってんだろうが!」



End.





3年後は少々シリアス気味に、
6年後は兄貴がちょっぴり頑張って、
10年後はすっかりバカップルに。(笑)

ねだり方が、
若さ → 遠慮 → 押しを強く
という変遷がよく見えますね。
なるほど、自分の中の2人の円熟の仕方がバレバレです。(笑)

了平、誕生日おめでとう。
あなたの眩しさに、いつも元気をもらってます。



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