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Sostenere 1

 大きな会議が重なった。
 長期の仕事が重なった。
 ことごとく、気の進まない、気が重くなるような案件ばかりだった。
 それらの仕事を掛け持ちで担当していた了平は、部屋にもほとんど帰れなった。
 1週間ほどまともに寝ずに、ボンゴレ本部に詰めきりで仕事を続けていた様子も見受けられた。
 食事を摂る時間もとれず、最終的に「あまり食欲がない。」と呟いてすらいた。

「お兄さん、家に帰ってください。」

 ぼうっと書類に目を落とす了平に、我慢できずに綱吉は声をかけていた。
 びっくりしたようにこちらを見る了平は、一度何か言いかけるように口を開いてから、戸惑ったような顔で閉じなおした。彼が何かを言い淀むのは珍しい。その輪郭が、ここ暫くでかなり鋭くなった。
 言いなおせば、やややつれた、ということだ。

「……だが沢田。この会議の案件は今日中にまとめておきたいと言っていただろう。本来なら今日明日と言わずすぐにでも取りかからねばならんと、」
「じゃあ明日朝一から会議ってことにしましょう。とりあえず今日は帰って休んでください。ひどい顔してます。」
「……そんなにひどい顔か。」

 思わずぺたぺたと自分の顔を触ってみている。それで何が分かるわけではないだろうけれど。
 綱吉は心配で騒ぐ胸の内を抑えられず困った表情を浮かべながら、それでもきっぱりとした口調で告げた。

「そんな顔してるうちは仕事を任せられません。失敗すれば事だから。」
「……。」
「今日は帰ってください。」

 それは違えようもなく、ボンゴレのドンの顔だった。
 それを見てとったのだろう、だから了平は頷くしかなかった。

「相分かった。」

 首を縦に振るのに、ほっとした顔を向ける。

「山本に送らせます。」
「そこまでせんでも構わないぞ。」
「俺が心配なだけですから。」

 そう言って、強い力で背を押した。
 ああこれは、彼に連絡をせねばと思いながら。







 綱吉と共に半ば無理やり了平を車に押し込んだ後、エンジンをかけながら車に乗っている間は寝てていいと告げれば、「眠れんのだ。」と苦笑交じりに返されて、山本は目を瞬かせていた。

「え、眠れないってどういうことッスか?」

 こと了平に関しては、その言葉が信じ難かった。獄寺が目の前で喫煙を始めれば情け容赦なくタバコを握りつぶし、「快食快眠快便が重要だ!」と生活の規範を主張するほど、健康に関して気を使っているあの了平だ。
 ふう、と大きな息をつく了平は、実にらしくない。

「俺も初めてなのだが……体は疲れているし頭も働かんし、寝たいなとは思うのだが、目がどうにも冴えてしまってな。」
「へー。疲れ過ぎてかえってとかかな。」
「あとは今抱えている案件がな……どうにもちらちら頭に浮かんできてな。」
「あー……そりゃ寝付きも悪そうだ。」

 了平の担当していた仕事を思い浮かべて、眉根を寄せる。
 確かそう、彼の元には面倒な仕事が持ち込まれていた。

「まあ、ひとまずゆっくり休んでるってことで。あ、仕事持ち帰ったりしてないッスよね?」
「獄寺に取り上げられた。」
「ははっ、あいつもやるなあ。」

 ボンゴレ本部内にもそれぞれ部屋は用意されているのだが、皆一様に外にも別に自宅を持っている。守護者のほとんどは、日本の並盛町の施設やその他にも住処がある。「ボンゴレに関係ないものも必要だよ。」という綱吉の方針だ。
 そのさして本部から遠くない了平の自宅へと、車を横づけた。

「じゃ、先輩、ひとまずまた明日。」
「ああ。送ってもらってすまんな。」

 ひらひらと手を振って立ち去る了平を見送る。
 その背が扉の向こうへ消えたのを見計らってから、電話を取り出し登録されている番号を呼び出した。
 数コールの後、電話の向こうで響く大声。

『Pronto.』
「よっ。オレオレ。」
『詐欺師か。』
「ははっ。おしい、残念。武です。」
『なんだぁ、カスガキ。』
「ちょっと頼みがあんだけどさ。」







 了平は困っていた。
 どうも本調子ではないのは、自分でも分かっていた。いつもは際限なく湧き出す気力が、腹の底に停滞したままだ。
 そもそも寝付けなかったり食欲がなかったりする時点で、自分としてはおかしい。
 おかげで仕事がちっとも捗らない。ただでさえ気が進まない案件が重なっているというのに、働かない頭のせいで能率はガタガタだ。
 とうとう家に帰されてしまうし、なんとも情けない。どさりとソファーに腰掛けた了平は、深々と息をついた。
 休めと言われたが、了平は休息をとるということが苦手だ。頭脳派ではなく肉体労働派であるという自覚は、自分にもある。休む時間があるのなら身体を動かしていたい、どうせなら鍛えておきたいと体がうずうずしてしまう。
 そういえばここ数日ロードワークに行けていないな、とぼんやりと思った。じゃあ折角だから着替えて走り込んでこようかと一瞬考えたが、ソファーに預けてしまった身体が重くてだるくて起きられない。着替えのことを考えるのも億劫だ。どうやら思っていたよりも疲れているらしいと自覚する。
 ああそれなら、ひとまず何か腹に入れて寝てしまうに限るな、と思うけれども、腹に入れる何かが家にあったろうか。
 インスタント食品などというものはこの家にはない。あんな栄養の偏ったものは良くないという了平の方針によるのだが、こんなときには便利かもしれない。台所に立つ気力もなさそうだから。
 残り物を温めて食べるという手も使えない。ここ数日は本部に詰めっぱなしで家に帰っていなかったから、残り物などというものはないのだ。
 そこで了平の思考は停止してしまった。押せない引けない、やれることがない。どうしたものかと考えることすらできない。真っ白になった頭で、ソファーの上でずるずると身体を倒した。
 横たわった丁度顔の位置に、窓から太陽の光が差し込んできていた。まだ昼を過ぎて間もない時間である、午後の陽光とはいえ強く眩しい。目を瞑って寝てしまおうとしても、光が瞼を赤く透かしてやってきて、とても眠るどころではない。だが最早動くことも面倒だ。
 そのまま、眉間に皺を寄せて、じっと動かないでいた。



 どれほど時間が過ぎたであろうか。
 ガチャリ、と玄関が開く音がして、了平は目を開けた。
 時計を確認する。帰ってきてから未だ1時間も経っていなかった。遅々と進まぬ時間に苦い顔になる。
 寝そべったまま大きく溜息をつく。起き上がるつもりにはなれなかった。約束のない不意の侵入者に対してマフィアとしては無防備であったが、玄関方面でする気配は、よく慣れたものであった。
 果たして重いブーツの足元にも関わらず足音ひとつ立てずにリビングまで入ってきたのは、赤い瞳と闇夜のような髪を持つ、精悍な顔をした男であった。

「……ザンザス。」

 呻くようにその名を呟けば、相手はふっと目を細めてこちらを見る。

「真昼間からいい身分だな。」
「……おまえこそ仕事はどうした。」
「俺は今日は午前だけだ。」
「……そうか。」

 了平はぼうっとしたまま、相変わらず表情の変化の乏しい男の顔を眺めていた。
 ザンザスは了平の家の合鍵を持っている。だからこうしてこの家に入ってくるのは容易だが、彼は滅多にそのカギを使ってこの家に入ってくることはない。仕事以外の理由でこうして昼間1人で立ち歩くことも少ない。珍しいな、と思っていると、やはり足音を立てずにザンザスがソファーに近づいてきた。
 寝そべる了平の傍らに膝をつき、両手を伸ばしてくる。片手で項を、もう片方の手で額を押さえられた。自然その両掌に頭を包み込まれているような形になる。
 ザンザスの体温と、慣れた体臭とコロンの香り。そういえば2週間も顔を合わせていない、この1週間は電話で声すら聞いていないと、その時気がついた。触れられるのは久しぶりだ。

「……熱はねえな。」

 淡々とそう呟くと、ザンザスはあっさりと手を離した。

「昼飯は食ったか?」
「……いや。」
「寝てたのか? 起こしたか。」
「いや、寝とらんかった。寝たいがどうにも目が冴える。」

 ザンザスはふん、と小さく鼻を鳴らした。その体勢のまま片手を伸ばし、指の甲を使って了平の頬を撫でる。
 了平が黙ってされるがままでいると、もう片方の手を顎にあて、しばし考え込むような仕草をする。
 自分に向って視線を下げているため、半ば伏せられたようになっている赤い瞳。了平はそれをきれいだな、と思いながら眺めた。
 ザンザスの顔立ちはきれいだ。女性的な柔らかいものではなく、研ぎ澄まされた鋭角的な美しさがある。傷や痣があってもそれらは少しも損なわれない。視線が鋭く目つきが悪く、威圧的で圧倒的な存在感を放っているため、なかなか人は彼のことをまじまじと見たりしないので、気がつく者はあまり多くはないのだが。
 それでも稀にその目が伏せられているところに行きあう者は、ふとその視線を惹かれてしまっているのを了平は知っていた。瞳の強い光を閉じ込めてしまえば、その顔に視線を注ぐのが容易になるからだろう。それほど長くはないが真っ黒で濃い睫毛が隙間なく生えた目元は、赤い瞳との対比とも相まってかなり目を引く。
 だから了平はザンザスにはあまり人前で無防備に目を閉じないでほしいと思っていたりする。軽く目を伏せるだけでもこんなに違うのは今日知った。今ここにいるのが自分とザンザスだけで良かった、と考えながら、了平は頬を撫で続けるその手を握って軽く身を起こし、首を伸ばして唇を触れ合わせた。
 数度角度を変えてその唇を味わってから顔を離すと、したいようにさせてくれていたザンザスがまた小さく鼻を鳴らした。

「てめえ、最近抜いてねえだろう。」

 開口一番そんなことを言われ、がくりと肩が下がる思いをする。

「……忙しくておまえと寝とらんのだ、当たり前だろうが。」
「自分で抜いとけよ。」
「うるさい、余計な御世話だ。」

 なぜ恋人がいてその相手といつでも会える距離にいるのに、自分でしたりしなくてはならないのだ。しかもなぜそれをその恋人当人に言われなくてはならないのか。
 だが不満の表情を浮かべる了平に対し、ザンザスは「余計じゃねえ。」と真面目な顔を崩さず告げた。

「適度に抜いとくもんだ。」

 了平は脱力して再びソファーに身を横たえた。

「放っといてくれ。」
「ほっとけるか。……とりあえず1回抜いとくぞ。」
「なに? うわっ。」

 突然身体が中に浮いた。何事かと視線を落とせば、まるで荷物のようにザンザスの肩に抱えあげられている自分。

「な、なにをするのだ!」
「暴れんな、落とすぞ。」

 足をばたつかせたところで告げられた言葉に「う……。」と呻いてぴたりと動きを止める。それは正直勘弁願いたい。
 別に落とされたところで大してダメージはなかろうとも思うが、疲れの影響がここでも出た。落とされたのに反応して受け身を上手くとれるか分からない。そして暴れ続ける気力もない。
 ザンザスは大人しくなった了平を担いだまま、寝室へと入っていった。
 やはり荷物のようにベッドの上に投げ出され、了平はザンザスを睨みつけた。
 だがザンザスは頓着した様子もなく、間隙いれずに圧し掛かってくる。了平は喉奥でぐるると唸るような声を出した。

「貴様なんのつもりだ!」
「抜くと言っている。」
「セックスする気分じゃない!」
「知るか。」
「ちょ……やめろ! ばかもの!!」

 さっさとベルトに手をかけるザンザスに、慌てて了平はその腕を掴んだ。
 別にザンザスとのセックスが嫌なわけではない。了平も男であるし、相手は好きな相手であるし、正直ザンザスとのセックスは好きだ。
 けれど、今は本当にしたくなかった。だるいし頭はぼうっとしているし、体力的にも弱っている。楽しくできる気がしなかった。折角ザンザスと寝るのならば、楽しくやりたい。こんな自分が情けない状態では嫌だった。
 ザンザスは眉を顰め、了平のベルトから手を外した。
 了平がほっと肩の力を抜いたのも束の間、次の瞬間、ぐっと鼻をつままれて目を見開く。次いで噛み合わせの部分を強く掴まれ、口が閉じられないようにされた。その上で口づけが降ってきた。

「…………………………………ッッ!!!」

 了平は今度こそ本当に、大暴れをした。
 最初は自分の鼻と顎を掴む腕を引き剥がそうと試みたがそれは成らなかった。そこでザンザスの頭を髪ごと鷲掴んで引っ張った。胸板にも手を突っ張って力を込めた。膝や足でめちゃくちゃに相手の太腿だの腰だのを蹴りつけもした。身を捩り捻り残る体力の全てを込めて暴れに暴れたが、ザンザスは一度ふっと眉を動かしたのみで、びくともしなかった。
 口も鼻も塞がれて呼吸を奪われていた了平は分が悪い。元々残っていた体力も大したものではなかった。結局暴れる力はどんどん弱くなり、最後にはぱたりと四肢がベッドに落ちる。
 そのまま更に2、3秒口を塞いでから、ようやくザンザスは唇を解放した。

「っはあッ、は、はあ、はあ、げほっ、はッ、は、は……!」

 荒い息を吐いたままぐったりと動けない了平から、あっさりとザンザスは服を剥がしてゆく。
 ネクタイを解かれ、ベルトを抜かれ、ボタンを外され、帰った時から着たままだったスーツを脱がされてゆく。

「……い、やだ……!」

 喉から漏れ出た声はか細い。
 手際よく全てを脱がせたザンザスは、無表情に了平を見下ろした。

「るせえ。」
「……疲れて、いるのだ!」
「黙れ。」

 冷たくも聞こえる声音。そのまま首筋へと唇が触れてきた。じわりと慣れた感覚が腰のあたりに灯る。
 荒い呼吸のまま了平が弱々しく身を捩るのを、腰を押さえることで止められた。
 了平は混乱していた。未だかつて、このように行為を強要されたことはなかった。
 ザンザスはどちらかといえば淡白なタイプで、それほどセックスに執着するほうではない。期間が空けばそれは多少熱のこもり方は変わるが、どちらかといえば了平のほうががっつくことが多かった。
 たった1度の無理強いされた行為は、もう何年も前、はじめて身体を繋げた時のこと。こんなことをしたくないという顔で、向かってこられた時のこと。――自分のことを信じてくれなかった、その時だけで。
 今、自分の体に覆いかぶさってくるザンザスは、機械的に動いている。服越しでも触れれば分かった、身体に熱がない。いつもなら匂い立つ情欲が見えそうなのに、そういう雰囲気もない。
 はっきりと分かる。こいつは、俺とセックスをしたいわけではない。それなのに無理矢理、身体を開こうとしているのだと。
 性器に直接愛撫を施され始めた。息が乱れ、体温が上がってくる。それでも手足の先が冷たく冷えるのが分かった。

「なん、で……。」

 面倒で嫌な仕事に対する、苛立ちとか。
 食欲もなくうまく眠ることもできない自分への、情けなさとか。
 はじめてセックスしたときの、胸の痛みとか。
 ……今こうして触れられているのに、ちっとも嬉しくなれないこととか。

 色々と重なった気持ちがいっぺんに了平を襲ってきた。じわりと目に涙が滲む。悔しくて歯を食いしばって、腕で目元を隠した。
 ふと、愛撫の手が止まる。胸のあたりを彷徨っていた唇も離れた。

「おい。」
「……。」
「おい、了平。」
「……うぅっ……。」
「……なに泣いてやがる。」

 声に呆れたような色が混じっていた。
 了平は歯を食いしばったまま呻いた。

「泣いてなどおらん……!」
「嘘をつけ。」
「うるさい、バカものっ……や、ヤる気などないくせに……!」
「あァ?」
「……俺は、疲れているからしたくないと、言っておるのに……。」

 ザンザスは完全に了平から身体を離した。
 そのことに軽く胸を締め付けられるような思いでいると、頭上で溜息が聞こえた。

「誰がヤると言った。」

 完全に呆れた声だった。
 一瞬の間の後、了平はそろりと腕をよけてザンザスの顔を見上げる。すっかり服を脱がされた了平と違い、ザンザスは隊服のジャケットを肩から落としたのみだ。その表情もやはり呆れたものだった。
 戸惑いで涙が引っ込む。

「……や、ヤると言ったではないか。」
「だから言ってねえ。抜くっつったんだ。」
「……は?」
「だから1回抜くと……ああ面倒くせえな……。とりあえずてめえ、黙って1回イっておけ。」

 顔を寄せられ、ぺろりと唇を舐められる。それは時たまされる行為だった。ザンザスが、了平の機嫌をとるときに。
 了平は回らぬ頭を回そうとしてみたが、寝不足と栄養不足でやはりうまく動かない。だがとりあえず、その行為は好きだった。
 口を引き結んだ了平に、今一度ザンザスは顔を寄せた。今度は唇を軽く触れ合わされる。唇以外は身体のどこも触れ合わない、慎重な動きだった。

「文句がねえなら触るが。」
「……。」

 了平は口を引き結んだまま両腕をザンザスに回した。
 それを合図にザンザスの行為が再開された。下肢に手が伸ばされるのは一緒だったが、今度は口付けをされたまま行為が続けられる。半ば伏せられた赤い瞳に見下ろされているのを確認して、了平は目を閉じた。
 愛撫は的確で直球だった。焦らされることもない代わりに、快感から意識を逸らすことを許さない。手練手管を利かせない、やはり機械的な動き。だが了平は何も考えず、ただそれに身を任せた。

「……んんッ……。」

 宥めるようなキスを受けたまま、了平は身体をかすかに震わせ欲望を放った。
 了平が吐き出したものを全て掌に受けると、ザンザスはまたぺろっと唇を舐めて身を起こした。
 目を開けてみれば、枕もとからティッシュを取ってさっさと掌を拭っている。
 適当に後始末をしてしまうと、ザンザスは掛け布をばさりと了平に掛けた。それから寄り添うように寝そべって、両腕を身体に回してくる。
 嗅ぎ慣れた体臭とコロン。この香水はザンザスの気に入りだが、はじめに贈ったのは了平だった(フランスのグラースに行ったみやげに買ってきたものだったのだが、その後よほど好みだったのかわざわざ自分で買い付けるようになっているらしい)。鼻先に馨るそれにすん、と鼻を鳴らし、了平はザンザスに向かって片手を伸ばした。
 伸ばされた手を、ザンザスは自分の手で握りこんだ。

「冷てえな。」

 眉をしかめ、1度手を離してくいくいと指先でもう片方の手も出すよう示す。了平が素直に差し出せば、両手まとめてぎゅっと握りこまれた。
 移される体温に目を瞬いていれば、身体に回されたもう片方の腕が、ぽんぽんと背中をたたく。

「寝ろ。」
「……寝られんと言ったろ。」
「寝られるはずだから寝ろ。」
「勝手なことを言いおって……。」
「頭でごちゃごちゃ考えるな、てめえの性分でもねえくせに。素直に寝ろ。」

 一緒に寝ててやる、と瞼の上にキスを落とされた。
 ふーと息をついて本当に目を瞑ってしまうザンザスに、了平は半眼になった。
 意味も分からず唐突に自分だけイかされ(セックスではないのだ!)、終われば終わったで寝ろと言われ。なんだか釈然としない。
 それでも目の前の体温は魅力的だった。
 快楽の余韻で弛緩している身体を無理矢理起こし、了平は両手を握りこんでいたほうの腕をぐいっと伸ばさせた。そしてバフンと勢いよく頭を落とし、勝手に腕枕の体勢をとらせる。しかもザンザスに背中を向けるようにして。
 当てつけの意味を込めての行動だったが、背後からはくくくと含み笑う声がした。それを無視して寝そべったままでいると、後ろから別のほうの腕が伸びてきて、ぐいっと身体を引き寄せられた。そのまま、またぽん、ぽん、と今度は腹を宥めるように叩かれる。
 背中にぴったりとくっつく温かさを感じながら、了平は目を閉じる。驚いたことに、重たい眠気が瞬時に襲ってきた。
 疲れと、性行為後特有の弛緩と、包み込まれるような暖かさの中、了平の意識は暗転した。



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