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「コウ。」
 俺はその名を聞くことに耐えられず、半ば強引に皆藤の呟きを訂正した。
「うん、分かってる」
皆藤はまた、やわらかく微笑む。しかし、分かっていた筈だ。分かっていて、頷いているのだと俺は気付いた。
「もう二度と言わない」
 その言葉通り、皆藤はあのときまで俺のことを一切サチと呼ぶことはなかった。俺のことを一番理解ってくれていた。
「やくそくげんまん、ね?」
 幼い子供のように小指を差し出す姿はとてもほほえましい。
「――ん」
 俺は何も言わずゆびきりげんまんをした。口には出さないが、幼い子供に戻ったような気分になる。
「知ってる? ゆびきりげんまんって男女の歌なんだと。インネンありげだよな」
「へえっそうなんだ……知らなかった。――ねぇ、ところでさ、コウ君は、どうして入院してるの」
 俺は少し戸惑っていた。どう言っていいものか迷う。あまり考えないようにしていたから。
「さあなぁ。……足、折れてるのか」
 皆藤は左右に首を振った。「折れてはない――っていうか、全快したんだけどね、歩けないんだ。歩きたくないのかもね」
 へぇ、そう俺は相槌を打った。「なんでだろうな。俺は……その理屈だと、俺は死にたくないってことなのかな」袖をまくって生存確認をする。かさぶたにもなっていない傷を包帯が覆い隠しているが、やはり血が滲んでいた。皆藤が驚いた顔をする。
「それ……痛くないの?」
 それは、ためらい傷と呼ばれるものだった。リストカッターなのだ。
「痛くはない。見るのは痛々しいかもしれないけど」
 ああ、と声が漏れる。納得しようと、理解しようとしているように見えた。しばらくの間、二人は身動き一つ取らなかった。皆藤は傷跡を凝視している。
「生きてるって感じがするんだ。血が流れて」
 こんなところにいていいの、と皆藤は聞いた。医者が自殺を警戒しているからだろうか。
「いい、別に。」
 今日はいい。明日にしよう。皆藤と話をして、そう思った。
「おとなしくしとくよ」
 そして、明日、明日、と繰り返して結局は生き続けることになったのだけれど。


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