GANG×HERO!
保健室
保健室に着いて、紅也と幸村はようやく副会長と転校生をベッドに下ろした。もっとも、幸村は先程絡まれたときに既に投げ捨てていたのを拾い直して、だったが。
保健医は、丸眼鏡をかけた穏やかな初老の男性だった。
意識のない二人を見ると「うわぁ」と嘆いたが、てきぱきと処置を施した。
「ああ…働き者の葵くん…かわいそうに、ついに過労死か…。」
「まだ死んでねぇよ」
紅也はつい突っ込む。運んでいたときに時折呻き声をあげていたから、そのうち意識も戻るだろう。
保健医は、今初めて気付いたように「おや?」と言った。
「君は、転校生かい?見ない顔だね。」
「ああ」
「そうかい。喧嘩はほどほどにね。ボクの仕事が増えるからね。」
「…さぁ、どうすっかな。」
紅也は意味深に笑って返す。
「先生はね、こう見えて強いらしいよ。」
そばに控えていた萌川が耳打ちする。あ、だからって喧嘩売ったりしちゃダメだからね、と慌てて付け加えて。
萌川は、紅也のヤクザ発言にも動じなかった。それどころか、
『じゃあ、制裁に遭いにくいかな。むしろ好都合だよ。』
笑いながら紅也の台詞を真似して言ってのけるあたり、かなり器が大きいと紅也は思う。本人はおそらく気付いていないだろうが。
幸村はかなり警戒した眼差しを向けたが、萌川に危害が加えられなければそれでいい、というスタンスのようだった。まるで忠犬みたいだ、というのは今はまだ言わないでおく。
そんなことより、と紅也は眉根を寄せる。
「……俺はこの気持ちワリィ視線に、いつまで耐えてりゃいいんだ?」
誰の答えも待たずに、紅也は保健室のドアにズカズカと近づき、勢いよく戸を開けた。
「ふぎゃっ!」
「「「!!」」」
転がり込んで来たのは、茶髪に派手なアクセサリーをつけたイケメンだった。
紅也以外の三人が驚いているが、紅也は相手が誰だろうと、イケメンであろうと容赦しない。
「おい、テメェ。さっきからずっと後つけてただろ」
「はひぃっ!ごごご、ごめんなひゃい!いひゃいいひゃい!!はふけへー!!」
生徒は紅也に片頬を引っ張られて、涙目で答えた。
「……翔、誰コイツ」
「っ!えーっと…」
萌川が一瞬身を竦ませたのを、紅也は見逃さなかった。
「……生徒会会計の、夏野聡先輩だよ」
言うと、萌川は紅也の制服の裾を引っ張り、廊下へ連れ出そうとする。
「ほらっ紅也、二人は先生に任せてはやく寮に行こ?荷物の整理しないといけないでしょ?」
「ん?…ああ、そうだな」
生徒会の役員が来たなら、確かにもう保健室に用はない。
会計とやらがなぜ後をつけていたかは気になるが、萌川も幸村も長居したくない様子だったので、紅也はそのまま二人に着いて行く。
「あ…。」
夏野が何か言いたげに振り向いたが、無視した。
「ッァァアァアアァアアア萌えェエェエエエェエェエエエ!!!!!」
「こらこら夏野くん、ここ保健室だからね。静かにね。」
病人いるからね、と保健医は釘をさす。
「ぁあああでもめっちゃ怖かった!!あの転入生怖かった!!失禁するかと思った!!あーでも!あの人間不信で難攻不落の萌ちゃんが懐いてたのどーいうことお!?萌え!!名前で呼んでたぁ!幸村以外だと初めてなんじゃない!?制服くいくいってしてた!くいくいって!!超可愛かったぁああ!!地上に舞い降りた天使だった!!ハッ、もしやあのオレンジ君はある意味王道な総攻めキャラ!?ギャー!なにそれ萌えるー!!総攻めとか新境地ー!!!」
「早口で何言ってるか全然分からないけど、夏野くんはいつも元気だねぇ。」
激情を口に出してひとまず落ち着いたらしい夏野は、ベッドに横たわる葵に近づいた。
「あおいぃい……すぐ助けられなくてごめんね…。タイミング逃しちゃって…。」
「…………。」
返事はない。
「まさか王道君が降ってくるなんて思わなくて…。降ってくるタイプの王道もあるのに、うっかりしてたよ。あぁ、もしかしてたんこぶできてる…?助けようとしたらオレンジ君見てるし、オレンジ君怖いし、ホント、仕事押しつけちゃってごめんね…。」
「……。…全く、ですよ。」
「葵!!」
答えた声に続いて、葵が目を開ける。そのまま起きあがろうとするのを保健医がやんわりと制した。
「まだ横になってなさい。ちょっと診察するから、夏野くんどいてくれる?」
「葵ぃぃ…よかったあ…。」
保健医が触診したり、いくつか質問したりしている横で、夏野は安堵のため息をついた。
「…うん、特に異常は無さそうだね。でも疲れも溜まってるみたいだから今日は無理に仕事しないで、ちゃんとご飯食べて早めに就寝すること。いいね?」
「はい…わかりました」
ゆっくりと上半身を持ち上げて部屋を見渡すと、すぐ側のベッドに案内するはずだった転入生が一人、すやすやと眠っている。
葵は微かな溜息を漏らして、夏野を見つめた。
「…とりあえず、これまでの経緯を教えてもらえますか?」
「う、うん」
夏野は、葵が気を失ってから今に至るまでを話して聞かせた。といっても、そこまで紅也たちの近くをうろついていた訳ではないので(たまに合う紅也の視線が怖かったからである)、会話の内容などははっきりしないが、葵にとってはそれで十分だった。
「運んでくれた相模くんにお礼をしなければいけませんね…。親衛隊に目をつけられないように───」
「や、それ多分もう無理じゃない?萌ちゃんのとこの親衛隊は確実に動くだろーし、小規模だけど幸村の親衛隊だってある。こっちはまぁ、穏健派だけどさ」
まぁでもイケメンだったし喧嘩強そうだし大丈夫じゃない?と楽観的に続ける。
「君がさっきから興奮気味なのは、相模くんが格好良かったからですか?」
いつものニコニコとした笑みを浮かべて、葵が尋ねる。
「そうそう!あのね、ヤバいよ!うちの暴君に雰囲気そっくり!や、うーん、かいちょーより怖いけどー!すぐ親衛隊できるんじゃないかな〜。でも不良みたいだったからな〜G組かなぁ?どうだろ?」
「ん…ぅうん…。」
夏野がまたヒートアップしそうになった時、転入生が呻き声をあげる。ハッとしたように二人が目をやると、伊達眼鏡の奥の瞼がゆっくりと持ち上がる気配がした。
保健医が診察するが、どうやら葵以上に元気のようだ。
「…………。」
「…………。」
「……夏野くん。」
「……………はい。」
「私は安静にせよと先生に指示されたので」
「……………。」
「彼の案内、お願いしますね」
「…………………………はい。」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!