GANG×HERO!
球技大会、開始
風通しの良い、晴天の本日。
西園学園高等部の、球技大会の日である。
───side:百瀬瀧斗
「……はん、今日は流石に来たのかよ」
「「……。」」
体育館横に設置された、生徒会役員専用の控え室。
十分なスペースのとられたそこには、なんとも言えない沈黙が広がっていた。
「どうせ今日の日程も進行配分も知らないで来たんだろうがな」
「……プ、プログラムは」
「ああ?」
俺が低い声で返すと、会計はビクリと肩を震わせて俯き、手を揉み合わせながら小さな声で答える。
「…プログラムは、読んできた、もん……。」
「んなもん、一般生徒だって目を通してる。『ここ』にいて、完成したプログラムだけ読んでて今日の仕事が分かんのかって言ってんだよ」
「…………。」
責め立ててもこいつらが今まで仕事を放棄してた事実は変わらないし、今更どうすることもできない。今日こいつらは下手したら一般生徒より役立たずだろう。
それでもやりきれない気持ちがあって俺は思わず溜息をついた。
「……お前らは、生徒会役員だろうが…。」
「…………なら、俺、辞めます」
「は?」
「えっ?」
辞めます、と言ったのは2年の書記、篠宮だ。
いつも冷静沈着で要領よく仕事をこなしていた。愛想はあまり良くないが真面目で生徒や教師からの信頼も厚く……それなのに。
眼鏡の奥の瞳は、何を考えている?
「何言ってやがる、篠宮」
「仕事をしない役員などいらないでしょう。でしたら俺は生徒会を降ります。それよりも春との時間が欲しい」
「…………はぁ、付き合ってられねえ」
「会長!」
「認めねえよ」
俺はガタリと立ち上がってステージに向かう。
ちょうど良く外に出ていた貴裕がドアを開けて「時間ですよ、みなさん」と普段と変わらない笑顔で呼びかけた。
「行くぞ。生徒会挨拶だ」
「……はーい」
「…………はい」
認めてなんかやらねえ。
篠宮はただ、初恋の熱に浮かれているだけだ。
いわゆる、脳内お花畑ってやつだ。
俺は誰よりも、お前の努力を知っている。
なんだかんだ文句を言っても、会議で寝ていても、最後は生徒会のために頑張ってきたお前を知ってる。
それを重荷に感じていたことも知ってる。
自分に才能なんてないんだと喚きちらしたお前を見ていた。
それでもうちの生徒会は、お前が必要なんだ、篠宮。
そして、夏野……お前も。
生徒会室でみんなして書類とにらめっこして、どれだけ必死にパソコンに向かっても終わらなかった業務の数々。
『かいちょー!もうむりー!!夜逃げしよーよ!』
『はぁ……馬鹿なこと…言わないでください……夏野先輩…。それ、より…手を…動かして……。』
『しのみやー!?かいちょー!篠宮がしにそー!!目がヤバイどうしよかいちょー!』
『ムリ……もう無理……ねむい…………しぬ……。』
『生きろ篠宮!この峠を越えたらなんとかなる!頼むから寝るな!お前一度寝たら起きれねえ奴なんだから!』
『みなさん、紅茶とコーヒーを淹れましたけどどちらにします?』
『コーヒー!葵ありがとー!しのみやにもコーヒー!』
『あ…葵、先輩…。』
『篠宮くんはアイスコーヒーでしたよね。はいどうぞ』
『ありがとう、ございます…じゃなくて、葵先輩の仕事、は……?』
『…………フフ、ふふふふふ…。』
『かいちょー!葵がこわれちゃったよー!!あおいー!』
『貴裕、コーヒー』
『ふふふ、ふふふふふ、フフフ……大体、おかしいんですよ……高等部の生徒会の業務をたった4人で回そうだなんて……顧問の先生が働かないせいでそのぶん私達の仕事が増えるなんて……あと少しで日をまたぐだなんて……フフ、おかしいですよね……フフフ……。』
『貴裕、コーヒー』
『しのみやー!おきてー!しのみやー!!あとちょっとじゃーん!』
『おや、ふふ……篠宮くん、私のコーヒーも飲まないで寝てしまって……そうですか、そうですか、フフフ…。』
『しのみやー!お前魔王様怒らせたぞー!しのみやー!!おきてー!!』
『ふふふ……。』
『…………貴裕、コーヒーくれ』
例年より人数の少ない生徒会。
終らない仕事。
篠宮は寝るし夏野は騒ぐ。
なあ、それでも。
お前ら、そんなに嫌だったか?
『お……』
『お……』
『『『終わったぁぁぁあーー!!!』』』
『ふぅ、やっと一息つけますね。お疲れ様でした』
『終わったー!終わったぜお前らー!!これで俺たちは自由だーー!!』
『終わった……寝られる……自分の部屋で寝られる……。』
『サイト巡りできるー!いやっふぅぅうーー!』
『ふふふ』
『お前ら最高だ!お前らならできるって信じてたぜ俺は!最高なお前らを世界一愛してるぜー!!』
『おれもー!おれもあいしてるーー!ぎゃはは!!』
『っはは、会長も先輩もテンション高すぎます』
『徹夜明けですからねぇ』
『うおぉお寝るぞお前らーー!睡眠だーー!』
『すいみん!すいみん!』
『わっ何するんですか!降ろしてくださいよ会長!』
『うるせぇ!全員で仮眠室で寝るんだー!!』
『何故!?』
『『愛してるから!!』』
『さすが、分かってんじゃねーか夏野!』
『にゃはは!!もっとほめてー!!』
『大きめとはいえ、一つのベッドに4人も入らないでしょうが!』
『それでは、瀧斗が敷布団役で夏野くんがタオルケット役、篠宮くんが毛布で私は掛け布団にしましょう』
『葵先輩まで…!』
『ふへへー!かいちょーを押し倒せー!』
『ああ、来いよ!受け止めてやる!』
『ああ、もう……仕方ない先輩方だ』
ほんの少しでも……。
楽しく、なかったか?
「続いて、生徒会役員による挨拶となります。生徒会役員のみなさま、お願いいたします」
放送部のアナウンスの声で、俺はハッと我に返る。
そうだ、今は振り返っている場合じゃない。
壇上に上がれば男子校に似合わない黄色い歓声がそこらじゅうから響いてくる。
貴裕はいつものようににこにこと微笑んで親衛隊に手を振る。
マイクを前にすれば、用意していた注意事項に続けて、あとはすらすらと盛り上げる台詞が口をついて出てくる。
俺は、生徒会長なのだから。
「今ここに、XX年度西園学園高等部、球技大会の開始を宣言する!」
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