GANG×HERO!
イライラ *
転入して1週間。
「…………。」
イライラする。
「……………………。」
いや、そうじゃない……これは。
ムラムラする、だ。
ヤリてえ。
セックスしてえ。
思春期真っ只中の青少年の脳内を占めているのは、今、それだけだった。
「あーー……クッソ、マジで男しかいねえー……。」
転入初日から分かりきっているというのに、思わず相模紅也は苛立った様子でくわえた煙草に火をつけた。
申し訳ないが、萌川のことはわざと避けている。
萌川のことはいくら可愛くてもれっきとした男だと思っている、思ってはいる、のだが……。今の精神状態で会ったら何をしでかすか自分でも分からない。自分が性に飢えてるって現状もカッコ悪いことこの上ないので見せたくない。
そもそも今まで、こんなにイライラするまで性欲を溜めたことなんてなかったのだ。相模紅也と相棒の相模蒼汰は本人達が意図しなくてもいつだって人々の中心にいたし、女にも囲まれていた。性欲なんて意識する前にセックスしていたし、喧嘩をしていれば性欲なんて彼方に飛んで行っていた。
なんてことない、自慰すればいいのだ。
だが───。
(……中坊の頃からオナってねえぞ)
利き手で済ませずとも女のほうから寄ってきたし、たまには兄弟で抜き合って遊んだりもした。
貞操観念なんてゆるっゆるだ。
「あ゛ー……蒼汰……。」
そう、今のイライラには『弟不足』もかなり影響している。だがこればっかりは仕方がないし、お互いに克服しなくてはならないことだ、きっと。
「依存してたのは……蒼汰より俺だったのかもな」
蒼汰に会いたい。
それは置いといても誰でもいいからヤリたい。
グルグル思考がループして、吸いかけの煙草を中庭の土に足で隠した。
「…………あ、あああ、あのっっ!さ!相模さまっ!!」
「ああ゙?うるせえブチ犯すぞ」
あー…っと思ったときにはもう反射的に言葉が口をついて出たあとだった。
声のしたほうを見れば、華奢で小柄、色白な童顔の生徒がビクッと身体を強ばらせながらも紅也を見つめて顔を真っ赤にしている。
んー、女だとしてもあんまり好みじゃねー……。
「あ、あの……っ!」
「……。」
なんだこいつ、度胸あるな。
「ぼ、ぼくでよかったら…是非…!だ、抱いてくだ、さっ」
「…うるせぇよ、クソビッチ」
何度も似たタイプの生徒にかけられた言葉に、またかと辟易する。
こういう奴らは、駄目だ。男女のそれと同じだ。一度相手にしたら付け上がるし、自分も自分もと蟻のように集ってくるだろう。そして本人のいないところで醜い争いに発展する。
自意識過剰といわれても、それが事実で、経験だ。
その生徒の横を舌打ちしながら通り過ぎれば、殴られるとでも思ったのか生徒はビクッと頭を押さえて、紅也が黙って行けばへなへなとその場に崩れ落ちた。
「……ビビるくれーなら話しかけてくんなよ」
紅也自身は、その苛立ったオーラと表情、声のトーンがどれほど相手に威圧感を与えるか、自覚していない。
(…………。)
紅也は考えた。
非常に真剣な顔をして、考えているのは下半身のことなのだが。
(……生徒は、駄目だ。まだ日が浅えから誰が信用できるかも分からねえし、今信用できる奴らはそういう扱いしたくねえし)
もちろん教師なんてもっと信用できない。
そう考えて、そう、仕方なかったのだ、消去法で最後に残ったのであって、こいつで勃つかと言われたらまず勃たねえと即答できるのだが、今は背に腹は替えられない状況で───。
「わあ〜っ、紅也ちゃん!ひっさしぶり〜!!」
「…………。」
消去法、で。
こいつは大嫌いな寮監の、二ノ宮暁良とかいうヒョロ長い男。
「ずぅ〜っとオレのこと避けるんだもん、気づいてたよお〜寂しかったよぉ〜。ね、ね、学園の雰囲気には慣れた〜?面白いこととかあったら、聞きたいなあ〜なんて」
「…………。」
ちなみに、今は平日の昼下がり。当然授業中だが寮監は何も追求しない。
昼間だしいねえかも、いなかったら別の性欲処理を考えよう、なんて思っていた紅也にとって幸か不幸か。
危惧していたような、転入初日のような過度なスキンシップはなく、相変わらず間延びした喋り方だ。
「あのね〜紅也ちゃん。オレさ、紅也ちゃんに、ちゃんと謝りたくて」
「……あ?」
「初めて会ったとき、いきなりハグしてキスしたこと。オレ、紅也ちゃんがあまりにもカッコよくてギラギラしてて、一目惚れしてさ。もう舞い上がっちゃってさあ。紅也ちゃん、びっくりして、嫌がってたのに」
ほんとに、ごめんなさい。
珍しく語尾をふざけないで頭を低く下げた二ノ宮に、どうしたらいいか分からなくなる。
……謝られるのは、実はあんまり好きじゃない。
許しかたが、よく分からない。
命乞いは無用、なんて環境ですくすく育ったらそうもなるだろ。
「……ほーお?んじゃ、てめえはもう俺に興味ねえってことでいいんだな?」
「ちがーーーーーう!そうじゃないのー!!」
頭ががばっとあがって、無意識に少しホッとする。
このくらい、うざったいほうが扱いやすい。
「相模紅也ちゃん!!」
「うるせえ、声でけえよ。根性焼きすんぞ」
「ひっど〜!ねぇ、聞いてよ、紅也ちゃん」
「……んだよ」
「オレ、紅也ちゃんが好き」
目をじっと見つめて、蜂蜜を溶かしたような甘い声ととろけた表情で寮監が告白してきた。
なんだこいつ。
「今は紅也ちゃんにすっごい嫌われてるって、分かってるよ〜。でも諦めないからさあ。これからがんばって、好きになってってもらいたいな〜、オレのこと」
「顔だけだろうが」
「そうだね、オレ、まだ紅也ちゃんのことな〜んにも知らないんだ。だから、これからいっぱい、知っていきたいんだ〜。ねぇ、まずはお友達から、でもいいから、さ」
困ったように笑って首をこてんと傾げる寮監に、紅也は思わずため息をつく。
「情報屋」
「…!」
ぱち、と垂れ下がっていた二ノ宮の目が見開かれた。
いや、見開いても垂れ目は変わらないが。
「言ってたよな、情報屋だって」
「ええっと……なにか、欲しい?紅也ちゃんなら、特別になんでも教えちゃおっかな〜」
「お前が、『相模紅也』について知っている情報全てだ」
「…ッ。……あ〜もぉ、ごめんってば〜。そんな怖いカオしないでよぉ。……正直に言うよぉ」
主人に叱られた飼い犬みたいに、二ノ宮はでっかい身体を縮こませて話した。
「でもね、これだけは誓って言うよ。オレ、紅也ちゃんの情報は今まで一つも売ってない」
「……。」
「だってさあ〜好きなんだもん。好きな子のこと、他人にべらべら喋りたくないよぉ〜」
にへら、と笑って二ノ宮が言う。
「これからも、売るつもりないよ〜。あ、でも紅也ちゃんが許可してくれた情報だけ取り扱おうかなあ〜!好きな食べ物とか、好きな体位……ふぐえっッ、」
「…………ごまかすつもりなら、このまま首、イっちまうぜ?」
「ひう!いう、から」
「……。」
「ゲホッ、かはっ、はーーっ、はっ、はぁ…っ、あーもう、けほっ」
「…………。」
「…相模紅也、7月7日生まれの蟹座、血液型はAB型、相模家の養子で、幼い頃に現当主である相模八哉に引き取られた。同い年の本家の弟がいて、異常なほど仲良し。弟を筆頭に、相模の『家族』をとても大切にしている。西園学園に転入前は、弟の相模蒼汰と二人、二人ぼっちのチームで他の族やチームを潰したり、遊んだりしていた。その腕っ節の強さは半端じゃない。視力や聴力、空間把握能力なんかにも優れて、編入試験をらくらく合格する頭脳ももっている。煙草の銘柄はラッキーストライクかマルボロ。日本酒を飲まされる機会が多いが実は洋酒が好き。嫌いな食べ物はアボカド。年下より年上の、巨乳の女性が好み。一度寝た相手と交際を続けることはない。───オレが知ってるのなんて、調べられたのなんて、これくらいだよ」
「…………いや、十分だろ」
よく女のことまで調べたな、と素直に感心して言えば二ノ宮の眉がへな、と八の字を描いた。
「相模のことは、ほとんど調べられなかった。このオレが……って、ちょっと挫けそうだったよお」
「ふん、相模のセキュリティを甘くみんなよ」
「ほんとだねぇ〜。……ねぇ、間違いとか訂正とか、補足とかなあい〜?」
キラキラした表情で聞いてくる瞳に悪意は見えない。
本当に趣味なんだろう、情報収集が。あるいはハッキングが。
「んー……間違いってほどじゃねえが、俺と蒼汰は別にチームのつもりは無かったぜ。ただ兄弟ふたりで、暇潰しに遊んでただけだ」
「あ〜そうだねえ。っていうかさあ〜、相模兄弟なんて呼ばれてて、バックに組が…会がついてるの、バレなかったの?」
「まあ……不良なんて、一部を除けばアホばっかりだ」
「……一部、ね」
まあ、それよりさっ!と二ノ宮は満面の笑みで続ける。
「紅也ちゃん、なにか用事があってオレのとこに来たんじゃないの?オレは、用事なんかなくても顔見せてくれるだけで嬉しいんだけどさ〜」
ニコニコ、と話す二ノ宮にいやらしさは無くて、紅也は逆にうっと言葉に詰まった。
「……用があった気もするけど、忘れた。じゃーな」
「あああっ、もう、待って待って〜!」
くるっと踵を返してしまおうとする紅也の腕を二ノ宮が慌てて掴む。
「……んだよ、放せ」
「んん〜ね、おねがい。もうちょっとだけ、オレに付き合って〜」
笑顔はそのままに、二ノ宮がカウンターの向こうのドアに紅也の腕を引く。
「カウンター、登って越えちゃっていいよ〜。あ、人がいるときはだめだからね。防犯カメラには映っちゃうけど〜ま、いいでしょ」
何がいいんだか分からない。
分からないが、熱を持て余している紅也はその腕に抗うことなく高めの受付カウンターを軽く乗り越えて、二ノ宮のあとに続いた。
───side:相模紅也
「ここ……お前の部屋?」
「うん、そぉだよ〜。生徒の部屋よりちょっと狭いかな?オレにはちょうどいいけど〜。パソコンもテレビもDVDプレイヤーもあるよ〜割となんでも揃ってるよぉ〜。紅也ちゃんならいつでも遊びに来ちゃってオッケー!」
「ふぅん……」
部屋が狭く感じるのは、明らかに無駄にデカいベッドのせいだ。
「…………ねぇ〜、紅也ちゃん」
肩に触れてくる手と声が、色を孕んでいる。
「オレ、ほんとに紅也ちゃんが好きだから……少しずつ、口説いていこうと思ってたんだけど。……どうして少しも抵抗しないで、部屋についてきたの…?オレ、期待しちゃうし、下心だってあるよ〜」
「……残念ながら、俺は女じゃねえんだよ」
「そんなの、知って……」
知ってる、と二ノ宮が言い終わらないうちに俺は自らベッドに、背中から倒れ込んだ。
ばふ、と心地よいスプリングの軋みと柔らかなシーツにうずもれる。
俺を凝視している二ノ宮の目をじっと見つめれば、奴の喉がごくりと上下した。
「貞淑な、少なくとも清純ぶってる女じゃねえ。ヤリてえ、抜きてえ。……そんなことしか考えてねえ、クズな男だってこと」
自嘲するようにニタリと笑った俺は、さながらアバズレの娼婦みてえに見えてるんだろうか。
「……そうだよね、しんどかったよねぇ。ごめんね、気づかなくて…キツかったでしょ〜?」
「……は?」
なのに、降り掛かってくる声と眼差しが熱をはらんでるくせにあまりにも優しげなそれで、思わず間抜けな声が出た。
「だって紅也ちゃん、女の子たちにモテてたでしょ。そんな紅也ちゃんが突然の男子校だもん……周りにいくら同性愛者がいたって、急に意識も性癖も変わるわけないもんねえ?思春期の性欲の捌け口がないよねえ?」
「……っ」
なんでこう、ズバズバ当ててくるんだ、こいつ。
しゃがみこんだ二ノ宮が「でも嬉しい」と勝手に続けた。
「他に相手が思いつかなかったからだとしても……、オレを選んでくれて嬉しいよ、紅也ちゃん。……お友達からはじめようかって言ったけど、はは、こういうのも、オレたちらしくていいかもねえ〜」
「あー……その、な。寮監」
「んー、できれば名前で呼んでほしいなあ、なんて……」
「名前…?なんだっけ」
「暁良だよ。あきら。ね、二人っきりのときだけでもいいから……オレのわがまま、ね?」
「あー分かった分かった、ちょっと待て、暁良」
「えへへへへ、なぁに〜?」
ニヤニヤ笑って上機嫌なこいつは、ちょっと、かなり……気持ち悪くて、ぶっ飛ばしたいんだが。
「俺はお前と、セックスする気はねえ。お前に突っ込むのも、もちろん俺が突っ込まれるのも嫌だ。お前がそういう素振りを見せた瞬間ベッドから蹴落とすし二度と見られねえツラにしてやる。お前が性欲を持て余してても俺は面倒みねえ。俺の好きなときに、俺のしたいようにする。以上が契約内容だ」
「…ほ、ほんとにゲスいっていうか、ここまで許しといてその仕打ち?……って、普通は思うんだろうけど」
「……。」
「大丈夫、分かってるよ。紅也ちゃんを無理矢理襲ったり、ましてや俺がネコるなんてそれこそナイナイ!……ね、だから大丈夫」
色気をたっぷりと含ませた垂れ目が近づいてきて、あーキスされるなって分かっても避けずに、目を開けたままでいた。
柔らかい、どこか躊躇するような唇が俺の唇に触れる。ぴったりと重なったそれはすぐに離れていって、うかがうような眼差しの暁良と至近距離で見つめ合うことになった。
「……契約書に、ハンコ押しました」
「ぶっは、なんだよそれ」
真面目な顔してそんなことを言うもんだから、俺は思わずカラカラと声をあげて笑った。
「もーっ、そんなに笑わないでよ〜ぉ。オレは手と口で、誠心誠意紅也ちゃんをきもちヨくさせま〜すっ」
「はーっ、くく、ヤるならとっととしろよ」
「…ッうん!じゃあ紅也ちゃん、寝そべるか、こっち座って〜」
中途半端にベッドに横たえていた身体を起こしてベッドの端に腰掛けると、俺の脚の間に暁良が身体を折り入れてきた。
そのまま躊躇う様子もなく俺の制服のベルトに手をかけ、カチャカチャと外していく。
「手コキとフェラ、どっちがいい〜?」
「あー、シャクって」
「ふふ、りょーかい」
前を寛げた暁良は続けて下着に手をかける。下着をずらすとやや勃起した俺の性器が現れた。
暁良は相変わらずのニヤけ顔で「おっきいね」なんて言ってまじまじとそれを見ていたり、指先で形をなぞったりしている。
見られて恥ずかしいモノでもないが、居心地が悪い。
「……おいテメエ、『サイズ採寸したいなあ』とか考えて考えてねぇだろうな」
「あちゃあ〜顔に出てたあ〜?」
悪気なさそうに暁良が笑う。その鼻筋を足先で軽く蹴飛ばしてやった。ふぎゃ!とか変な声をあげて暁良が後ろにごろんと転がる。
「殺すぞ」
「やーんもう、冗談でしょ〜。ごめんってば。……ね、怒んないで。紅也ちゃん…しゃぶらせて」
「……はぁ」
溜息をついていると暁良が這い寄ってきて、俺の性器の根本を軽く握って先端にちゅ、と唇を押し当てた。
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