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GANG×HERO!
購買
結局百瀬が何を言っても、紅也の『モモ』呼びは決定事項のようだった。

しかもオモチャ宣言つきだ。どうしてこうなった。

百瀬の脳内では親衛隊が、とかあらぬ噂が、とかが駆け巡り(そもそも友達でさえないのだ)、無い無い無いそれは無い、と頭を振るのだった。

百瀬だって初等部からの西園生徒だ。男子校ならではのそういった恋愛絡みのいざこざに免疫と経験はある……というか、本人の意思に関係なく当事者にされてきたのがほとんどだ。

百瀬だって男を抱く。というか、抱けるようになってしまった。

だからといって、こんな不良の、下手したら自分よりも体格のいい男となんて───。

「…………一体何を考えてるんだ、俺は」

「なーにブツブツ言ってんだよ。ほい、コレも」

購買で昼食を物色したり店内の品物を見て回っていた紅也がサンドイッチと鮭のおにぎり、唐揚げとガムを既に炭酸水の入っていた百瀬のカゴに寄越してくる。

カゴを持たされたことなんて初めてだ。

「コンビニくらいかと思ってたが、無駄に広いぶん品揃えはいいな。雑誌とか漫画もあるし……エロ本は無えんだな」

「18歳未満閲覧禁止のものを堂々と置けるか」

「クク、そーかよ。で?ホモまみれのここでゴムやらローションやらは置いてねーのかよ?あ、ゴムはさっき見たな……」

「……欲しいのか?だったらそういうもんは寮のほうの売店に種類豊富に取り揃えてるらしいが」

「バカ、いらねーよ。男のケツなんて願い下げだ」

「ひょっとしたら、ケツ狙われる側かもしれないぞ」

「げっ、冗談キツいっての…。あー、酒と煙草もねーのか。ンなわけねーよな」

「…………裏商店」

「あ?」

「…これ以上は言えねえよ。本来なら生徒会と風紀の取り締まり対象だ」

「本来なら、ねェ」

「買い物はもういいか?」

「アンタの飯は?」

「俺はあとで……ってなんだ、昼休みまで潰す気かっ!?」

「ほら、これでも食えよ」

手渡されたのは……桃のフルーツタルト。

桃。モモ。

「……遊ぶな、相模」

はあーっと苦い溜め息をついて、適当に昼食を見繕ってカゴに入れ、レジに持っていく。わざわざ返す気も失せて、桃のタルトも入ったままだ。

レジの職員は(ちなみに中年の男性だ)何か言いたげにチラチラと百瀬を伺っていたが、余計な噂を立てられても面倒なのでとっとと支払いを済ませて購買を出る。自由気ままな紅也は先に出ていて、百瀬が出るとちょうど煙草をくわえてポケットからジッポを取り出したところだった。その左手を掴む。

「なんだよ」

「校内は禁煙だ。吸うなら寮の自室か屋上にしろ」

「……吸うなっては言わねえんだな」

「言ったって聞かないんだろう。人手不足じゃなきゃ今すぐ風紀委員室に連行だ」

「ハイハイ、今だけいい子チャンしてやるよ。早く連れてけよ…話できるとこにな」

「……。」

そうだった。忘れていたわけではないが、何もお友達と仲良く昼食をとるためにこうして買い物に来たのではない。

話がある、と紅也は言った。話があるのは百瀬も同じことで、だが話をしたいかといえばまた別だったので唐突な機会に若干尻込みしている。

話ができるところ……空き教室はいくらでもあるだろうが、鍵のかからない部屋も多く、いざ一般生徒に見付かると厄介だ。

「わかった……生徒会室に行く」

誰もいないがらんとした部屋を思い出して、少し眉根が寄った。






「なんだ、誰もいねーのか。生徒会っつうのは意外と暇してんだな」

「……そうかもな」

普段は、こうじゃない。

喉先まで出かかった反論を押し込んで、百瀬は会長の席につく。

紅也は遠慮という意識の欠片も見せずに綺麗に片付いている副会長の席にどっかりと座った。ペットボトルの蓋を開けると炭酸水がプシュッと音を立てる。そのまま百瀬の様子を気にしたふうもなくピリピリとおにぎりの包装をといて食べ始めた。

「……。」

チェックしたハンコとサインの済んでいない書類のタワーを横目に、百瀬も昼食をとる。正直もうサインしたくない。芸能人か俺は。

コーヒーでも淹れるかと給湯室に向かって、ちらりと紅也を見る。まあいいだろう、飲み物はあるようだし。

いや、茶も出さねーのか!とか言って机蹴られたら片付けが面倒か……?

「……おい、」

「俺ブラックな」

飲む気満々だった。よかった、2人分沸かしてて。

正直給湯室に立つのは慣れない。仕事中においしい茶やコーヒーを淹れてくれるのは、副会長の葵か書記の篠宮だった。

……別に、コーヒーぐらい自分で用意できる。

よく分からないからインスタントでいいだろう。量は……まあ、適当でいい、だろう。

……適当って、どのくらいだ?


「……ほら、コーヒー」

「他の奴らってどこいるワケ?」

「っ!」

唐突に、触れられたくない話題を振られて一瞬動揺する。だがそれも一瞬のことで、すぐに呆れた声で答えた。

「もう昼休みだ、食堂だろう。何も四六時中一緒にいるわけじゃない」

「そーか?昨日とか『御一行サマ』ってな感じだったがな」

「……プライベートなことまで口出ししねえよ。なんだ、話ってのはそんなことじゃないだろう」

「ああ、そうだったな」

百瀬の淹れたコーヒーをすん、と嗅いでから一口飲んだ紅也が「うすい」と眉をしかめた。

「あ、ああ……薄かったか」

「もっと苦いくらい濃いのがいい。次まで練習しとけよ」

「……。」

次とは?

「俺の話ってのは、昨日の『人違い』とやらについてだ」

核心に迫られて、百瀬は含んでいたコーヒーをごくん、と飲み込んだ。確かに、ちょっと薄い。というか不味い。

「アンタも相当みてーだが、俺も自分がどう見えてるかくらいの自覚はある。で?こんなオレンジのくるくる髪を、誰と間違えたってんだ?」

「く、くるくる髪……」

真面目なトーンでそんなことを言われて、笑っていいのかわからない。薄いコーヒーを喉に流して、あー、と百瀬は口を開いた。

「……実は、人を探していてな。相手は確かにそんな髪した人じゃないが、目が似ていたんだ」

「目?色のことか?」

「ん……そうだな」

紅也の目は、光を反射してやや緑がかって見える。

外国人のようなはっきりした虹彩ではないためそれほど違和感はないが、真正面、しかも同じ高さの目線から見れば「あっ」とは思うだろう。

「探し人は外人かハーフか?今時カラコンつけてる奴なんていくらでもいるだろ」

「ん?相模の目はコンタクトか?」

「……いや、裸眼だけどよ。ああ、ハーフだのクォーターだの聞かれてもルーツは知らねえからな」

「そうか…。いや、気になっただけだ。相手が何色の目だったかも確信はないしな」

「?よく分かんねえ話だな」

「ああ、別にいいんだ。間違ったのは悪かったが……。というか、名前に紅がつく割に髪はオレンジだし目は緑なのかよ。紛らわしいな」

「さあ?地毛は紅色かもしれねえし、ひょっとしたら流れてる血が青色かもしれねえぜ。安心しろ、精液は白い」

「はあ…そうかよ。…その、さっきルーツは知らないと言ってたが」

「俺は相模家の養子だからな。引き取られる前のことは覚えてねえ」

「…そうか」

プライベートなことを聞いてしまったかと、百瀬が目を伏せる。

「何シュンとしてんだよ、気持ち悪ィ。言っとくが俺は相模の家を溺愛してるからな。養子であることは自慢だし誇りだ」

「そうか」

「そーだよ」

言って、今度は百瀬が止める間もなく煙草を吸い出してしまう。

「おい!」

「うっせー……。」

肺が害で満たされる。一服は喧嘩のあとの弟との時間を想起させて、紅也の心を落ち着かせた。

「ふざけんな、自室か屋上かって言っただろうが!よりによって生徒会室で……ああクソ、せめて換気扇の下行け!」

「えー……」

首根っこを引っ掴んで引き摺りかねない百瀬の勢いに圧されて、渋々と紅也は給湯室に移動した。

「モモ」

「…………。」

「モーモ」

「…………。」

「怒ってんのかよ。おい。モモちゃん」

「……はあ。頼むから、人前ではそう呼ぶなよ」

「ククッ、学園トップの生徒会長サマが『モモちゃん』じゃあなあ」

「……ったく。お前は本当に外部生だな」

「あ?どういう意味だよ」

軽めの昼食を終えた百瀬が席を立って、給湯室の紅也のところへ歩いてくる。

「相模。男子2人が一緒にいて、互いのことをあだ名で呼んでたら、お前はそいつらをどういう関係だと考える?」

「は?ダチじゃねーの。あだ名くらい普通に呼ぶだろ」

「そうだろうな。だが、この学園じゃ違う。分かるか?」

「…………ホモだって?」

「……。」

百瀬が無言で頷く。その顔があまりに真剣なもので思わず紅也は吹き出した。

「ぶはっ!!はっ、ゲホッゲホッ」

「おい……」

ツボに入ってしまって、煙草の煙に噎せる。はーはーと涙目で笑う紅也に、馬鹿にされたと感じたのか百瀬がムッとした表情を見せた。

「分かった分かった、怒んなって。はー、ククッ、あ、やべ、また……」

「……もういい。お前みたいなのはガチなやつらに尻でも何でも掘られて一度痛い目みちまえばいいんだ」

「モモも翔も、俺をなんだと思って……うん?」

そこではたと気づく。

「モモ。お前俺の心配してんの?」

「ちげーよ!何聞いてたんだお前は!!」

「アレ?モモの顔が面白くて話題が思い出せねえ」

「お前がそんなふうに呼んでたら!どんなにお互いタチっぽくてもお前と俺がデキてるって周りからは思われるんだよ!!これ以上親衛隊とか面倒ごとは勘弁してくれ!」

「ああ、分かった分かった。俺だってソッチだと思われるのは勘弁してくれって感じだ」

短くなった煙草をシンクに押し付けて、紅也はするりと百瀬の横を通り抜けて給湯室から生徒会室に出る。

「まあでも、お前が俺のオモチャってことには変わりねえからな」

モモ、と紅也が笑いかける。

その細めた緑目と自信家な表情に思わず釘付けになってしまう。

「じゃあな、お前はなんか聞きてぇことはあるか?」

教えるとは限らねえがな、とニタニタした笑みを浮かべる。

「ああ、そうだ……。その、姉か妹…は分からないよな」

養子になる前のことは覚えてない、と言った紅也を思い出して百瀬は首を振る。

「なんでもない、引き留めて悪かったな」

「……兄弟は、相模の血が流れてる弟ひとりだ」

生徒会室の扉に手を掛けた紅也の表情は、百瀬からは見えない。

「俺を産んだ女がどっかで孕んでるかは、生憎知らねーな」

そのまま廊下へ出て行ってしまい、パタンと閉じた音を最後に生徒会室には静寂が残った。

いや、静寂と……残り香と。

「…………。モモ、か」

逸らされることなくじっと見据えてきた双眸を思い出して、理由も分からないままゾクゾクと鳥肌が立つ。

「悪くねえ……かもな」

シンクに無造作に放置された吸殻を拾って、購買の袋にゴミと一緒に包んで捨てる。

過ぎ去った嵐の男を一度意識の外に追いやり書類の塔を睨んで、手をつけていない桃のタルトに気がつく。たまには甘いものもいいか、と百瀬はぬるくなってしまったコーヒーを淹れ直そうと立ち上がった。




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あきゅろす。
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