GANG×HERO!
食堂
結局、紅也は中村と一緒に食堂に来ていた。プライベートには関与しないと言ったはいいが、さっそく行動を共にしている。
食堂に入るとき、何人かの生徒が紅也を見て頬を染めたり黄色い悲鳴をあげたりしていた。しかし強面の中村が鬱陶しげに睨みを効かせると、小柄な生徒達はビクッとして目を逸らした。
当の紅也本人は、我関せずとばかりにマイペースに歩みを進める。自分が『そういう対象』として見られている自覚がまだ無いんだろうな、と中村は思った。
あるいはそんなものを気にしない図太い神経なのか。ああ、多分後者だな……。
適当な席に着いて、テーブルの上の機械を中村が操作する。
「まずここにカード通して……メニュー選んで、ボタン押す。その他にも白米と飲み物はあっちにあるから自由に取ってくればいい」
「ふーん。某回転寿司やら居酒屋の豪華版てとこか」
「……?何だそれ」
「……何でもねぇよ」
溜め息をついて、紅也が画面をタッチする。牛丼とシチューと麻婆豆腐。加えて白米とお茶も持ってきた。中村は生姜焼き定食だ。
「変な組み合わせだな……。和洋中?」
「ああ?うるせぇな、腹減ってんだよ」
それほど待たずに、料理が運ばれてくる。
……うん、うまい。
味に満足して箸を進めていると、ぽかんとした表情の中村と目が合った。
よく分からないが、生姜焼きを一枚拝借した。
うん、うまい。
「いや、おい」
「隙ありすぎるぜ」
「…なんつーか、お前、変な奴。そんな幸せそうに食うなよ。どんだけ飢えてんだ」
「飢えてはねーけどよ、うめぇし。味覚までおぼっちゃんと違ったら俺ァ脱獄するトコだったぜ」
「脱獄ってな……」
お詫びという訳じゃないが、牛丼の肉を皿に少しあげた。
「中村、茶」
「自分で持ってこい」
「チッ。お前のでいいや」
「おい」
と、その時、耳を疑うような甲高いいくつもの悲鳴が響き渡った。
悲鳴、それは歓声というにはあまりにも高いトーンで。
紅也は食事の手こそ止めなかったものの眉をしかめた。うるせぇ。見れば中村も似たような表情をしている。そのまま中村が口を開いた。
「……生徒会役員サマのおでましだ」
そう言って、顎をしゃくってみせる。
指された入り口の方へ目をやると、四人の生徒が食堂に入ってくるところで、他の生徒の視線のほとんどが彼らに向けられていた。
そのうちの二人には見覚えがある。下敷きになっていた生徒と、後をつけていた生徒だ。
あとは──と目を遣って、紅也の視線は黒髪長身の男に止まる。
一瞬で分かった。あいつが、この学園の帝王だ。
「……あいつ、誰だ」
あの一番でかい奴、と聞けば、中村は確認するまでもないとばかりに味噌汁を啜りながら答える。
「生徒会長、百瀬瀧斗」
「ふーん……」
…やっぱりな。
その後ろには見たことのない、眼鏡をかけた眠そうな生徒がいた。
まぁ俺には関係無ぇ集団だな、と紅也は食事を終えた。
「聡!!」
ざわついた食堂が一瞬ぴたりと静まり、そして先程よりも騒がしくなった。
でかい声をあげたのは…ああ、こいつも見覚えがある。
モジャモジャ頭の転入生だった。
馬鹿でかい声もあるが、紅也の人より優れた聴力で、会話が丸聞こえだ。座っている位置から会長たちの顔も見えてしまうので、なんとなく見てみる。
「あ、春〜!」
先程後をつけていた茶髪のチャラ男が嬉しそうにモジャ男に駆け寄る。
「聡!さっきは案内ありがとな!!こいつらは?」
「うん、さっき言った生徒会のメンバーだよ」
「はじめまして、桜田くん」
笑顔を絶やさずに、副会長が挨拶する。その様子に隣にいた会長が眉を顰めるのを紅也は見逃さなかった。
「私は副会長の葵貴裕です。以後お見知り置きを」
ニコニコ、彼は笑っている。
モジャ男が、その笑顔を見てうーんと唸った。
「…なあ貴裕、その作り笑いやめろよ!そんなの、俺は嬉しくない!!」
食堂がざわめく。転入生への非難の声がそこらじゅうから聞こえた。
「無理して笑ったりしなくていいんだ!泣いたって怒ったっていい!そのあと、俺には本当の笑顔を見せろよ!それから、俺のことは春って呼べよな!友情の証ってことで!!」
「…な、なんだこの茶番劇。ここは幼稚園かっつーの」
紅也は低く呟いて立ち上がる。茶番劇だろうがなんだろうが勝手にやればいい。だがこんなうるさい環境に長居したくなかった。
中村も同感のようで、紅也のあとに続いた。
しかし、食堂から出るには当然ながら入り口を通らなければならないわけで。寮に向かいたいから、幼稚園と化している東側の入口を使わなければならない。
紅也はそちらに見向きもしなかったが、その腕を誰かが掴んだ。
「ああ゙?……って」
その腕は、生徒会長のものだった。
「……ゅ、」
「───離せよ」
ブンッと腕を振り払う。紅也の目と、百瀬の目が合う。
周囲の音が遠ざかっていく、そんな感覚がした。
何か言いたげな黒い目に、全てを見透かされるような居心地の悪い気分になる。
何だっていうんだ、俺はお前なんか知らねえぞ……。
先に均衡を破って目を逸らしたのは、百瀬の方だった。
「……すまない、知人と間違えたようだ」
「……。」
チッと舌打ちをして、紅也は踵を返した。
「…あぁクソ、なんだっていうんだ」
食堂の喧騒に苛々する。
百瀬にろくな悪態をつけなかった自分にも苛々する。
……あの目は、好きじゃない。
胸ポケットの煙草を確認して、まっすぐ寮の部屋へは戻らずに中庭に向かう。
中村が一度紅也に視線をやるが、彼は部屋へと戻ったようだった。
「あっ、紅也」
声をかけられて振り返る。相当機嫌の悪い悪人面をしていたはずだが、相手は気にした様子もない。
「…翔と幸村か」
「さっきぶりだね。紅也もごはん?」
「ああ、今食ってきたとこだけどよ…」
溜め息をついた紅也に、萌川はきょとんとした表情をする。
小動物のようなそれに癒されて、思わず抱き締めて頭をわしわし撫でると即座に幸村に引き剥がされた。クソ、過保護め。
「今食堂行くとうるせぇぞ…」
「……もしかして、生徒会?」
「ああ。転入生とお遊戯会してるぜ」
「お遊戯会…?」
萌川と幸村が目を合わせる。心なしか、二人とも眉間に皺が寄っていた。
昼間の態度といい、二人は生徒会にあまり良い感情をもっていないようだった。
「じゃあ今日は購買か自炊にしようかな。ありがとう紅也」
「いや。またな」
「うん、また明日」
萌川の頭をポフポフと軽く叩いて、紅也は中庭へ向かっていた足を部屋の方角に戻した。
アニマルセラピーといったら怒られるだろうが、癒されたのは確かだった。
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