明日の値段〜Don't Lose Your Grip On〜 第45話 御神 美沙斗・5 その日から、鴉と恭也の奇妙な共同生活が始まった。 山の中である。ろくな食物はない。 が、『鴉』はさしたる苦労もなく、川で魚をとっては食い、何度も何度も叩き伏せられる。 言葉はめったに交わさない。 語らうようなことは互いにないから。 ……だが、恭也は時々不思議に思った。 恭也とはタイプが違うものの、『鴉』の違う技はどれも御神の剣とよく似ていた。 一瞬、一撃しか相手してもらえないほどの差の開きがあるので、はっきりとはわからないのだが、恭也が士郎に教え込まれた基本が、本当に『鴉』の剣と酷似しているのだ。 恭也 「せぃっ!!」 ドンッ!! 鴉 「………!」 ドガッ!! ……また、叩き伏せられる。 二刀流と聞いていたが、恭也の前ではなぜか一刀しか携行していない。 だが、彼女の刀の扱いは明らかに二刀を前提とした動きだ。 一撃目を外せば、次の別口の二撃目につなげられるようになっている。 恭也 「……鴉さん……」 むっくりと起き上がりつつ、恭也は久しぶりに、鴉に声をかける。 ピタッ、と立ち止まる鴉。 続きを待っているのだ。 恭也 「……その剣は……なんという剣ですか?」 鴉 「この剣か?」 恭也 「いえ……あなたの、流派です」 もしかしたら、御神流となんらかの形で近しい流派かもしれない。 他の御神流の遣い手は全員死んだと父に聞かされていた。だが、似たような流派がないとは聞いていない。 ……鴉は少しだけ迷ったような間を持ち、そして、ぶっきらぼうに 鴉 「……我流だ。名前など知らない」 と、つぶやいて、いつものように森の中へと消えていった。 泉 夜の泉に月光が差し込んでいる。 その泉で、鴉は裸身を冷水に晒していた。 鴉 「・・・・・・」 水の湧く音。 風にざわめく葉擦れの音。 ……満月を見上げる。 金色の月の光に晒され、引き締まった、しなやかな肉体が淡く光る。 『鴉』は、悩んでいた。 1週間。 恭也が来てから、1週間が経つ。 ……恭也は強い。 正確には、強くなれる素質がある。 強靱で上質な肉体、直向きな意志、そして天賦の才。 だが、強くなってはいけない。こんな剣で、こんな、人を殺すだけしか出来ない剣で。 御神流で、強くなってはいけない。 そう思う。 殺すことと殺されることだけしか出来ない、呪われた剣。 この剣を極めたとて、決して幸せに死ねない。 殺して、壊すことしか出来ない剣に、何かを守ることなんて出来るはずがない。 大切なものまで壊してしまうだけだ。 ……止めよう。 恭也を止めよう。 恨まれたとしてもかまわない。 せめて、あの少年はそんな死に方をさせてはいけない。 鴉 「・・・・・・」 ジャバ……ッ 目を伏せ、泉から上がる。 裸身に薄汚れた衣服をつけて、口を覆う布を、巻き付けて……… 思い直して、それは外す。 鴉 「……これでいい」 二刀を掴んで、獣道にはいっていく。 [*前へ][次へ#] [戻る] |