保護者ですから
僕にとって良いことをしよう。
そんなわけであれから神谷は放課後に学校に来て、畑の修復作業の手伝いをするようになった。
部員に女の子が多い、というより男が僕しかいない中で、力仕事を任せられる奴がいるのは嬉しい。が、人の話は聞かないし貧弱だしすぐに疲れただの喉が渇いただの言うのがうっとうしいことこの上ない。
「さーてと、休憩しよっか!」
本日五度目の先輩の言葉に歓喜の声を上げた神谷。志埜ちゃんがジュースを買いに行くと立ち上がれば、疲れて一歩も動けないと言っていたくせに、ぴょんぴょん跳ねてついて行こうとする。
「あ、こら神谷」
僕は慌てて財布から五百円玉を取り出し、振り向いた神谷の手のひらに握らせた。志埜ちゃんに奢らせる気かよ。
遠のいていく二つの背中を見送っていると、先輩がふふっと微笑んだ。
「なんかさ、翼くん、寿太郎くんの保護者さんみたいだねー。何から何までお世話したり心配したりしちゃって」
「……はぁ」
保護者。僕が神谷の、保護者。
「とても疲れるんですけど」
「大丈夫だよー。だって溜め息吐くわりに、翼くんてば楽しそうなんだもん」
楽しそう? 神谷の世話が?
まぁ確かに退屈ではないけれど。苦労ばかりの毎日が、僕は楽しいのだろうか。
「あー……ねぇ、あの子」
不意に遠くを差した先輩のしなやかな右の人差し指、その向こうを僕も見る。沈みかけの夕日が眩しくて、思わず目を細めた。僕と同じ制服を着た奴が一人、それぞれ赤と青のカーディガンを着た子が二人。それだけで誰だか分かった僕は、一、二歩ばかり彼らに歩み寄る。
「翼、兄ちゃ、」
先に僕の前まで辿り着いたマサコちゃんは切れた息を整える間も惜しみながら、口をぱくぱくさせた。落ち着くように促してからもう一度どうしたのか聞いてみる。
「じゅ、寿太郎兄ちゃんが、危ないの! ねぇどこ? 寿太郎兄ちゃん今どこにいるの?」
「危ないって、なにかあったのか? 神谷なら今、志埜ちゃんとジュース買いに自動販売機に行ったけど……」
「よし、自販機だな。マサコちゃん、ショーコちゃん、こっちだ!」
なんで神谷が危ないんだ?
それを問おうとした声は衡に遮られ、自動販売機のある方向に走り去ろうとした三人を引き止めようとしたが、間に合わず。
「志埜ちゃんと寿太郎くん、そろそろ戻って来そうだからすれ違わないといいけどねー」
先輩がぽつりと呟いた。秋空は青から紺へ変わろうとしている。夕日が沈もうとしている周辺だけ、オレンジ色を放っていた。秋は陽が沈むのが早い。
「追いかけないの?」
虚ろに三人が小さくなって消えて行った一点を見つめていると、先輩がこれまた小さく呟く。僕はそのまま先輩を振り向くことなく言う。
「行きます、なんたって保護者ですから」
さっきショーコちゃんは黙って俯いていただけだった。僕は知っている、零れそうになる涙を堪えていたからだと。
充血した瞳と、口元を押さえていた両手を思い出す。微かに震える細い足に、早く大丈夫だと言ってあげたい。大丈夫だと言うために。保護者は走る。
外靴のまま校内に入り、南校舎一階の廊下の突き当たりにある購買を目指す。小さくて狭苦しい購買のすぐ脇に、三台の自動販売機がある。
そびえ立つ三つの白いそれの前に倒れ込む人が一人見えた。電気がついていなくて薄暗い空間を、冷ややかに照らすぼんやりとした自動販売機の光が、横たわる緑髪を包んでいる。
「……っ、神谷!」
もつれそうな足を更に動かす。身体が重いのは力のかけ方が下手なせいだろう、腕をこれでもかと振りまくり、風をかき分けて進む。
倒れている神谷に駆け寄って肩を揺すると、微かに、だが確かに、小さな呻き声をあげた。ホッと肩を撫で下ろす。が、すぐに床のひんやり冷たい空気に背筋が凍った。
「……なんだ、貴様は」
か弱い光が全く当たらない暗闇に、一人の男が立っているのが見える。表情も格好も見えないが、この状況を作ったのがこいつだということは理解出来た。志埜ちゃんや衡、マサコちゃんにショーコちゃんの厳しい目線の先にこいつがいたからだ。
「僕は神谷の、保護者だ!」
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