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裏切りは良くないよ
「……まも、る?」

 目の前に立ちはだかる男の名を呼んだ。くりんくりんの天然パーマが印象的で、授業中以外はいつも耳にイヤホンがはめ込まれていて、たまに歌を口ずさむそいつは紛れもなく親友の平衡だ。

「宇都宮殿、駄目であります逃げるであります早くここから離れるであります!」

 神谷がぐいぐい腕を引っ張るということは、やはり逃げ回る原因は衡かその後ろに立つ女の子達にあるのだろう。だが神谷がこんなに必死なわりに、衡も女の子達も躍起になって捕まえようなんて素振りは見せないでいる。これは双方の話をじっくり聞くべきだ。

「衡、どうしたんだよ。後ろの子達、知り合い?」

 衡の頭は一定のリズムを刻む。手のひらに握られた携帯音楽プレイヤーを見つめたまま。

「……衡? 衡くん? た、い、ら、くーん? まーもるくーん!」

 こいつ、僕の声が聞こえてないな。ズカズカと早足で歩み寄り、ぶつりとイヤホンを外す。

「あーっ! 馬鹿か翼、今からサビだってのにイヤホン外す奴があるか!」

「お前は音楽だけじゃなしに人の話も聞け! なにか用でもあったんだろ、衡が放課後までわざわざ人の前に来るなんてさ」

 僕も衡も基本的には誰かとつるむよりも一人でぼんやり過ごすほうが好きな人種だった。だからこそ話が弾むこともあり、一年のときから同じクラスということも手伝って、二人でぼんやりしながらたまに思い出したようになにか喋るような仲だ。こんな風に放課後というそれぞれが好きなように過ごせる時間は、お互い好きなようにぼんやりふらふら過ごすため、一緒に遊びに行ったり教室にたむろったりなんかしない。
 衡はあぁそうだと言いたそうに目を見開くと、後ろの女の子二人の方を向いた。僕も釣られて彼女らを見ると、神谷は恐る恐る両手を胸の前に構えた。

「なんかさ、あいつらが人探ししてるって言うから連れて来た」

 衡がそう言うと、女の子二人はぺこりとお辞儀した。金色の髪を一人は右側で、もう一人は左側で高い位置に一か所で纏めて、パッと見どこかの学校の制服みたいなカッターシャツの上に色違いのカーディガンを羽織った女の子達は、僕の顔を見るなりにぱっと笑った。

「宇都宮翼さんですね。兄がお世話になってます」

 右側で髪をまとめ、青いカーディガンを着た子が僕に手を伸ばした。僕は小さなその手を握り、握手をしながら思った。なんで僕の名前を知ってるんだ? 兄? この子達の兄って、いやでも僕がお世話してる男なんて一人しかいない。衡に妹はいないはずだし、いたとしても金髪ってことはないはずだ。てことはもしかして、そうだよ、逃げ回ってたんだから、この子達の兄ってもしかしたら。
 振り向いてみれば、正座の姿勢から頭を地面に擦りつけて両手を付いている神谷がいた。要するに、土下座している神谷がいたのだ。

「降参、するで、あります」

 左側で髪をまとめて赤いカーディガンを着た子が、神谷の前でしゃがんだ。あぁ、あんなに短いスカートを履いているのにあの体制、中は大丈夫なのだろうかと少し心配になる。

「寿太郎兄ちゃん、なに言ってるの? 私もショーコもそんなつもりで来たんじゃないよ?」

「うそで、あります」

「ほーんとだよ。ねぇマサコ?」

「うんっ」

 どうやら赤いカーディガンの子の名前がマサコ、青いカーディガンの子がショーコというらしい。神谷はそろそろと顔を上げ、マサコちゃんとショーコちゃんの顔色を伺った。二人の笑顔に敵意がないことを確認すると、土下座の姿勢のままへなへなと地面に溶けてしまった。

「私達は神様になれなくて良いから修行はしないよ。だから人間界に来るつもりもなかったんだけどさ」

 ショーコちゃんは言いながら背負っていた黄色いリュックサックをゴソゴソ漁る。マサコちゃんは神谷の頭をつんつんつつきながらケラケラ笑う。あそこまで妹に遊ばれる兄なんて初めて見た。

「……なぁ、神様とかなんとか言ってるけど、なんなんだあいつら」

 小声で衡が聞いてきた。僕もいまいち把握しきれていないんだけどと知っている範囲で説明する。大変なことに巻き込まれてんだなとニヤニヤする衡を肘でつつく。本当大変なんだよ、胃に穴が開きそうで。それにしても、マサコちゃんとショーコちゃんはなんであんなにしっかりしてるのに、兄の神谷はあんなんなんだ?

「うおぉぉ、こ、これは!」

 神谷の発した声に驚いて目線を戻すと、神谷はショーコちゃんに手渡された紙袋を高々と天に向かって掲げていた。紙袋には「神様のちからセット」と書かれている。なんだかいろいろと嘘臭いけれど、ツッコミを入れる気力が沸かない。

「寿太郎兄ちゃん、お部屋に忘れてったでしょ? それなしにどうやって修行すんのさ」

 マサコちゃんが呆れて溜め息混じりに言い捨てた。ありがとうありがとうと二人の手を取ってぶんぶん上下に振り回す神谷は馬鹿にされているのに気付いていない。リュックサックを背負い直しながら、ショーコちゃんは悪戯に笑った。

「ね、寿太郎兄ちゃん。そんなに感謝してるならさ、なにかお礼してほしいなぁ!」

 ショーコちゃんがなにを考えているのか分かったのか、マサコちゃんもニタリと口元を歪ませた。恐らくこの場にいてそれに気付いていないのは神谷だけだろう、衡と僕は顔を見合わせた。

「私達、寿太郎兄ちゃんの修行が終わるまで人間界に住みたい!」

 衡もまたニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべた。まーた大変なことになりそうだな、と明らかに面白がっている。あぁ面白くない。なんだこいつは人の災難を面白がりやがって、まぁマサコちゃんとショーコちゃんは神谷と違ってしっかりしてるから苦労はなさそうだけど、いや待て僕の家にはこれ以上は住めないぞ。
 そこで閃いた。僕もまた嫌な笑みを浮かべていただろう。悪役みたいな、質の悪い悪戯を思い付いた子供みたいな笑い顔を。

「そうだね、そうすると良いよ。僕一人じゃ手に追えないこともあるわけだし、そうなったらマサコちゃんとショーコちゃんがいたほうが良いだろうしね。よし、じゃあせっかくだから二人はこのまま衡んところでお世話になりなよ」

「本当? 翼兄ちゃんありがとう!」

「よろしくね、衡兄ちゃん!」

 心の底から笑う少女二人の喜びを、誰が壊すことが出来ようか。ただ一人、引きつった笑顔を浮かべた衡に勝ち誇ったかのように心の中で呟いた。
 僕達は親友だもんな、一人だけ逃げようったってそうは行かないよな。

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あきゅろす。
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