待ち伏せ失敗?
「今日学校行ったら明日から休みだから、今日の夜にはお前のもっと詳しい事情を聞くからな」
またもや玄関先でのやり取り。僕は靴を履きながら神谷を指差した。神谷はにこにこ笑っている。まぁいつものことだが。
「了解であります! ではでは、いってらっしゃいませー!」
さっきまでは今日はアイスがないからとしょげていたが、ジュースを凍らせてシャーベットを作ってやったらケロッとし出した。本当、調子の良い奴。
「んじゃ、行ってくる」
鍵を閉めて、窓が閉まっているのを確認する。なんだか閉じ込めているみたいに思えてきて、一瞬顔が強張ったのが分かった。だけど今はしょうがないじゃないか、今日は金曜日、明日は休みなんだからお互いに状況を整理したり決まり事を決めたりするのに最適じゃないか……って。
「……先輩」
なにしてんスか、電信柱の陰で。
「おはよう翼くん。待ち伏せしてたのに、バレちゃった?」
「バレちゃいました」
あははと先輩は笑った。
園芸部三年の下根美蕾先輩だ。美蕾先輩は短い髪を揺らしながら、ぴょんと陰から出て来た。悪戯をした子供のように、ほんのり俯いて笑っている。前髪をヘアピンで止め、他校のブレザーを腰に巻いているといういつものスタイルで、先輩は僕の腕を引っ張って走り出した。
「わ、ちょ、なんスかいきなり」
「んー? 早く学校行こうと思ってー」
はいている意味がないんじゃないかと思える長さのスカートが、今にもふわりと捲れ上がりそうだ。目線を斜め右下に移した。コンクリートの灰色しか見えなくなる。
先輩のペースに乗せられたら最後、僕はいつも乗せられっ放しになってしまう。先輩はブンブン飛ばす。僕に降ろしてくれと頼む権利はない。先輩が降ろしてくれるまで、僕は先輩のバイクみたいな勢いに乗っていなければならない。
「……先輩」
「なぁにー?」
「……やっぱ。なんでもないっス」
「えー、嘘だぁ」
先輩の勢いには、苦労させられたり厄介事に突っ込まれたり、ろくなことがあんまりない。今だって、学校に着いたら疲れてヘロヘロになってしまうに決まっている。朝からそんなんじゃ一日が辛いじゃないか。せっかく神谷から開放されて、悠々と過ごせる貴重な時間なのに……。
顔が熱くなった。だけどそれは、走り疲れて息が上がっているのとは関係なかった。僕の心の若さ故の一部分が、ちくちくと甘く針を突き刺すのだ。なんだかんだで僕は好きなのだ。先輩も、先輩に迷惑かけられるのも、先輩に疲れさせられるのも。好きなのだ。
「待ち伏せ、成功じゃないスか」
誰にも聞こえないように、斜め右下に気持ちを吐き出した。言った自分にも聞こえないくらい、小さな小さな声で。
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