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妹にほしいな
 僕と先輩と志埜ちゃんは園芸部だ。地味な部活だと人は笑うが、僕は誇りに思っている。土から生まれる生命は、手間をかければかけるだけ、ちゃんと応えてくれる。言葉なんかいらない。成長と愛情で会話が出来る。それって凄いことだと思わないかい?

「……へぇ」

 神谷もそうだが、語ったって大抵の場合はこんな反応しか返ってこない。だけど志埜ちゃんは違った。入学式の日、僕は畑で苺の収穫をしていた。畑は運動場のサッカーゴールの近くという最悪な場所にあり、飛んで来たボールに当たって作物がいくつか駄目になることがよくあった。だけど園芸部なんて地味な部に同情する者はいなかった。その日、僕はいくつかの潰れた苺を回収していたのだ。先輩はその横で作物の水やりをしていた。

「部員、入るかなぁ」

 腰に他校のブレザーを巻き、短めのスカートとルーズソックスを履いたこの先輩は、チャラチャラした見掛けと違って性格は大人しめだ。三年の下根美蕾先輩がこの部に入った時は、先輩の二個上の先輩が三人いたらしい。自動的に二年になった時から部長を勤めることになった先輩にしてみれば、この部への思いは計り知れないだろう。

「入るといいっスね」

 青い洗面器に赤い出来損ない。よほど形が酷いものは取り終えた。綺麗な実までこんなことにならないように、全部収穫してしまおうかな。僕は立ち上がって伸びをして、もう一つ洗面器を取りに行こうとした。

「……あの、それ」

 入学式が行われている体育館から少し離れた場所。真新しい制服を着ているのは、新入生の証だ。僕は先輩と顔を見合わせ、声をかけてきた少女を見た。ちっちゃいなぁ。それが第一印象。眼鏡をしたその子は、僕が持っていた潰れた苺の入った洗面器を指差した。

「それ、苺ですよね」

 原型はほとんどないが、これらは確かに苺だ。僕は小さく頷いた。

「どうするんですか?」

 分からない。僕は言った。それより、一年生だよね。入学式、いいの?
 途中で気分が悪くなって抜け出したのだと彼女は言った。

「良かったらその苺、もらっても良いですか?」

 ジャムにすると良さそうだという提案を持ち掛けてきた。僕はまた先輩と顔を見合わせた。先輩はにこにこ笑っていた。

「うん、いいよ。ジャムができたら私達にもわけてくれる?」

「はい、もちろん!」

 それが僕と志埜ちゃんの初めての出会いだった。数日後の新入生に向けての部活紹介の後、志埜ちゃんは真っ先に園芸部の部室に来てくれた。

「……で?」

「あのなぁ」

 神谷が志埜ちゃんについてあまりにも聞いてくるから話してやったのに、その反応はないだろう。カレーを温め直し、炊けた米を皿に盛る。夕飯の仕度を始めた頃、志埜ちゃんはそそくさと帰って行った。気を使わせちゃったかな。せめて食べて行ってもらえば良かったかもな。あ、それか近くまで送っていくべきだったかもしれない。夕暮れ時に女の子一人って、結構危ないし。

「結局のところ、宇都宮殿は志埜殿に対してなにかこう……思うことはないんでありますか?」

 手伝いもせず、テーブルをスプーンでカンカン叩きながら、神谷は苛立たしそうに言ってきた。

「はぁ? 志埜ちゃん? ……妹にほしいタイプ、かな」

 志埜ちゃんは先輩がまとめた新しい畑の構造の資料を持って来てくれたのだった。流石は先輩、行動派だ。明日か明後日までには目を通して、話し合いをしたいと書かれていた。三年生は受験まで時間がないみたいだが、先輩は就職するらしく、そんなことは関係ないようだ。部活も引退しなかった。

「あーあ、宇都宮殿、罰当たりでありますなぁ!」

「はいはいそんなこと言うなら出てってもらおうか」

 でも本当、志埜ちゃんが妹だったら、こんな変な奴に悩まされずにすんだかもしれないな。気も利くし、良い子だし、優しいし。テーブルに置くより早く、神谷は僕の手からカレーをかっさらった。本当に、ここにいるのが神谷じゃなくて志埜ちゃんなら良いのにな。

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あきゅろす。
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