泥棒つかまえました
約束その一。大人しくしている。
約束その二。家に誰が来ても出ない。
約束その三。電話にも出ない。
約束その四。家の物には触らない。
「……でありますね。OKであります」
「頼むぞ。家事を手伝おうとか考えなくて良いから」
「言われなくても家事なんて出来ないからやらないであります」
「威張ることじゃないだろ」
家に変な奴がいるからと学校を休むことは出来ない。いつも通り、洗濯も何もかも片付けたから神谷がやることなんてないけど、駄目だ不安だ。そういう訳でいくつか約束事を作ったのだ。守らなかったらもちろん、出て行ってもらうことで落ち着いた。これだけ言っておけば何もしないかもしれないけど……なんだか胸がスッキリしない。
「ハンケチは持ったでありますか? 忘れ物はないでありますか? お弁当の箸は大丈夫でありますか?」
「心配ご無用。僕は馬鹿じゃない」
そんなことより。
「冷凍庫のアイスは好きなだけ食べて良いから。昼は鍋にカレー作っといたから、それ食べなよ。多めに作ってあるけど、夜の分もなんだからな。全部食うなよ」
「おっけぃでありまーす!」
「んじゃ、行って来る」
ちょっと疲れた。まだ玄関の鍵を掛けただけなのに。とぼとぼと学校へ向かう。
うーん、やっぱり心配だ。家に三歳児を残して行くみたいな気持ち。よくニュースで子供をおいて親がパチンコに行っている間に火事やらなんやら事件が……というのを見るけど、そんな親の気が知れない。別にあいつは子供じゃないけど、なんというか、あいつの精神的な面で不安だ。帰ったらなにかありそうだなぁ。うーんうーん……。
……なんて考えていたら、なんと一日が終わっていた。ふと我に帰れば、親友の衡に別れを告げていた。あ、しまった。先輩と畑の修復の計画立てなきゃいけないんだっけ。でももう家の前だ。なんだか無駄にしちゃったな、一日を。良く考えりゃ、手のかかるあいつがいない学校って、平和な時間を過ごせる場所じゃないか。あーあ、勿体ない。あいつと関わってから、こうやって毎日がっかりしながら玄関の鍵を開けるのだろうか……ん? 鍵が開いている。確かに閉めて出て来たよな。まさか。まさかまさか。
「……おい」
そっとドアを開ければ、玄関には神谷と、なんかでかい芋虫みたいな物体。ロープで全身を縛られ、ガムテープで口を押さえられていて、むごむごうにょうにょと動くそれは、良く見てみれば知ってる顔だった。
「しの、ちゃん?」
「あ、お帰りなさいでありますー! 見てください宇都宮殿、泥棒が来たので捕まえといたであります!」
「馬鹿かお前は! ちょ、大丈夫?」
芋虫じゃない。後輩だ。部活の後輩の志埜ちゃんだ。
神谷を弾き飛ばして、ロープを解く。ぐるぐる回しながら、先にガムテープを取ったほうがいいかなと思い、思いっきり引っ張った。志埜ちゃんの口から、奇妙な悲鳴が上がった。
「痛いです痛いです先輩!」
「あ、ご、ごめんな」
なんとかロープを解き、とりあえずあがってもらう。やめてもらえば良かったと思ったのは、そのすぐ後。テーブルの上はアイスのカラだらけ。この数は凄い。もしや神谷の奴、一日中アイス食べてたんじゃないだろうな。
「宇都宮殿、もうアイスないでありますから、また買っといてくださいねっ!」
腹壊すぞ。
「アイスって、夏に買い溜めしたアイスですか?」
そういえば、アイスの買い溜めは志埜ちゃんとしたんだっけ。神谷が早速アイス泥棒かと志埜ちゃんに言い出し、僕は軽く蹴ってやった。志埜ちゃんはクスクス笑っていた。ほんのりと頬を赤らめながら。桜でも咲くかのように顔を赤らめるのが、どうやら志埜ちゃんの癖らしい。僕といる時はいつもそうである。
「まぁ座ってよ。あ、こいつ、ちょっと事情があって一緒に住むことになったんだ。神谷っての」
「神谷寿太郎であります。よろしくであります!」
「私は相田志埜です。よろしくお願いしますね」
なんだかんだで神谷も黙っていれば良い奴なんだ、志埜ちゃんとは良い相性かもしれないな。そう思いながらコーヒーをいれた。うっかり僕の好みでいれたためか、神谷が苦いだなんだと騒ぎ出した。あまりにもうるさいから砂糖とミルクを足して、コーヒー牛乳にしてやった。笑っていた志埜ちゃんにもコーヒー牛乳にしようか聞いたが、これでいいと首を横に振った。それを見た神谷が珍しく真面目な表情になり、一人で勝手になにか納得していた。
「やっぱり泥棒であります」
意味が分からないから無視してやった。
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