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アイス食べる?
「というわけであります」

「そんな話、信じないぞ」

 信じられるかよ。こいつは神様の子供で、次の神様になるための修行として人間界にやって来たなんて話。こいつがストーカーではなさそうなことは分かったけど。

「本当でありますよ。なんだったら父上の写真でも見るでありますか?」

 見たって分かんないだろ。
 お茶は半分冷めかけていて、それでも暖房器具一つない部屋にいれば身体の芯まで染み渡った。じわっと内側から和んで溶けそうになったが、厄介者の顔を見た瞬間、一気に覚めた。

「私は神様の第三子であります。一応十二人兄弟の三番目なのでありますよ、これで信じてもらえるはずかと」

 何の根拠にもならんだろ、そんなの。神様の身内のことなんて知らないよ。僕は深いため息を吐いた。

「話は分かった。いや、分からないけど。とにかく良く分からない事情は良く分かったから帰れ。話を聞くだけって約束だったろ」

 もう寝たい。まだ七時半だけど、疲れてしまった。いろんな意味で。僕はお茶を最後まで飲み干し、不満そうに頬を膨らませている奴の手の中から湯飲みを奪う。

「まだ飲んでるでありますが」

「帰るんなら、いらんだろ」

「帰りたくないであります!」

「帰れ!」

「やだ!」

「やじゃない!」

「絶対帰らないであります!」

 平行線。無意味な言葉の投げ合い。
 仕方なく、まだお茶の残っている湯飲みを元あったところへ差し出してやる。少しだけ強張っていた表情が和らいだ。美味しそうにゆっくり、しっかり味わって飲んでいる。黙っていれば良い奴なのかもな、なんて思ってしまった。

「なんでそんなに帰りたくないんだよ」

 話は聞いてやる約束だ。
 それだけ聞いてやろうと思った。

「神様に、なれないじゃないですか」

 ぎゅっと湯飲みを握り、俯いてしまった。夜風が窓を叩いて去って行く。小さな子供のピンポンダッシュみたいだ。

「上の二人の兄上は、野心しかないであります。その野心に少しでも優しさがあるなら話は別……。だけど、自分のための野心しかないであります」

 一旦台所へ戻り、やかんを持って、小さくなってしまった奴の前に立つ。空っぽになった湯飲みにお茶を注いでやる。湯気に当たった顔は、少しずつ淡い桜色に染まっていった。

「だから私が神様にならないと駄目なのでありますよ。そのためには人間界で修行をしなくてはいけない、というわけで」

 その先はもう読めた。読めたけど、そんな信憑性のない話、どうやって信じたら良いのやら。答える側の人間が言葉に詰まっている空間は、永遠に時が止まったかのように静まり返ってしまった。もう風も悪戯しに来ない。

「……アイス、あるけど」

 なに言ってんだ、僕。
 冷凍庫から夏の部活の帰りに後輩と買い溜めしたアイスの残りを取り出した。部活が終わった後に、さっさと宿題を片付けるために僕の家で勉強会をしていたのだ。いちいち買いに行くのも面倒だからとどっかり買い込んだら、いくつか余ってしまった。
 冷たくて丸いカップは、ほんのり暖かい手のひらに包まれた。その手にスプーンも握らせてやる。

「おわー、美味しいでありますーっ!」

 淡い春の桜から、灼熱の薔薇へ。奴の表情の変化はまさにそんな感じだった。さっきまであんなに深刻な顔をしてたのに、すっかり何もなかったみたいに、そして夏の日に部屋で放置されたアイスみたいにとろとろに溶けてしまっている。

「これからこんな美味しいものが毎日食べられるだなんて……! 幸せすぎてどうして良いやら分からないでありますねぇ」

 本当、どうして良いやら分からないよ。これ以上はなにを言っても、こいつはここに住むんだろうし。いまいち良く分からない話だけど、修行とやらが終わればこいつから開放されるわけだし。扱い方もなんとなく分かったし。とりあえず、アイス食べさせときゃ良いんだな?

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