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丁重にお断りします
 最悪だ。
 なにが最悪って、今日という日全部が最悪だ。
 まず、朝の満員電車で押し潰されて降りることが出来なかった。三つ先の駅まで来てしまい、仕方がないからそのまま歩いて学校へ向かうことにした。だが道中、信号が故障していたようで正常に動かなくなっていた。二時間遅刻して学校についたらついたで廊下で滑って転び、体育のサッカーでサッカー部の奴が蹴ったボールが漫画みたいに顔面に当たった。放課後の部活は畑が荒らされていて活動が出来なかった。
 本当に腹の立つような、いやむしろかえって泣きたくなるような悲劇の一日だった。最悪だ。もう疲れた。だから今日はレトルトカレーでも作って食ってさっさと寝よう、そう思っていたのに。
 あれ、あれは僕の住んでるアパートだよな。親に頼んで一人暮らしさせてもらってるアパートだよな。そして二階のここから見て左から三つ目の部屋が僕の部屋だよな。僕の部屋だよな?
 知らない奴が、ドアにもたれて座ってやがる。
 ……借金取り?
 違うな。父方の祖父母は資産家で、母方の祖父母も資産家な我が家に限って、そんなものに追われる理由なんかない。
 ……知り合い?
 まさか。少し離れたところから見ていて男とも女ともつかないような知り合いは、僕にはいない。
 誰だ。あれは誰なんだ。気になって近付けないじゃないか。なにが悲しくて自宅を目前にしながら電信柱の陰に隠れていなきゃならんのだ。あ、こっち見た。やめろ。僕とお前は無関係なんだ、たぶん、きっと、いいや必ず!
 意を決してそろりそろりと足を動かす。冷たい風が頬を舐める。寒い。昼は暑いくらいだったのに寒い。かつんかつんと古びた階段が鳴る。足元が冷や冷やして震えが止まらない。それなのに変に緊張しているせいか、暑い。汗が背筋を伝って落ちて行く。身体の外は嫌に寒く、内は嫌に暑い。頭の中はぐるぐるで、心臓はバクバクだ。
 そっとそっと、廊下を歩く。一歩足を進める度に、知らない奴が暗がりの中でもはっきり見えるようになってきた。秋とはいえ、陽が沈むのが早くなってきたこの時期。六時の闇は真夜中みたいに思えるくらいだ。

「……あの、宇都宮翼殿でありますか?」

 足を止めた僕より先に、座っていた奴がそのままの姿勢で口を開いた。いきなりのことに少しだけびくつき、平静を保とうとこっそり深呼吸をする。いやいやいやいや、無理だろ平静を保つなんて。確実に分かった。僕、こんな奴知らないぞ。それなのにこいつは僕の名前を知っていて、その上住所まで知っていやがる。何事だ。ストーカーか? 女みたいな顔して、髪も後ろでちょこんと束ねているけど、声からして男だよな。女でもこんな声の人、いそうだけど。こいつは男だ。え、僕って男にストーカーされてんのか?

「今日から同居させていただく、神谷寿太郎であります!」

 ……何故こいつは勝手に話を進めるんだ。僕はさっきのこいつの問に答えていないんだぞ。確かに僕は宇都宮翼だ。神谷寿太郎? そんな目出度い名前の奴なんか知らないぞ、知らないんだ。

「帰ってもらえませんかね」

 ついついきつい口調になってしまった。僕はこいつを見下ろすこの体勢で、こいつを睨んでいた。暗いからそこまで見えているのか分からないけれど、僕にはこいつが半泣きになっているのがしっかりと見えている。

「そんなこと言わないでくださいお願いでありますから私をここで宇都宮殿と一緒に住まわせてほしいでありますーっ!」

 視界が反転したのは、こいつがいきなり飛び付いて来たから。おいおいわんわん泣かれてしまえば、家に上げるくらいしなくてはならないんだろうか。というか、お隣りさんや大家さんに迷惑がかかる前になんとかしなきゃ。僕は無理矢理起き上がると、打ち付けた後頭部を擦りながら、玄関の鍵をあけた。

「とりあえず話を聞くだけだからな。こら、靴は揃えろ!」

 玄関を開けてやった途端に泣きやむとは、殴って追い返していいと無言で教えてくれているのか?

「いつまでここにいることになるか分からないでありますけど、これからよろしくでありますよ!」

「いや、話聞くだけだって言ってるだろうがよ」

 とは言うものの、話を聞くだけですむような気はさらさらしない。結局揃えられなかった靴を揃えて、お茶を出すべきか迷った末にお湯を沸かした。嗚呼、最悪だ。なにからなにまで最悪な一日だ。ちくしょうめ。

「宇都宮殿ー、ベッドが一つしかないでありますから、今日から床で寝てくださいね!」

「馬鹿、もう話も聞いてやらんぞ!」

 なんて奴だ、人の部屋を物色しやがって! なにが床で寝てくださいね、だ。僕に拒否権なんかないじゃないか、強制的にここに住まわせる気だろうが!

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