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発見01
 夏休みに入る三日前までに文化祭での出し物を決定し、二クラス以上とかぶったらくじで抽選、外れたら終業式までに再度クラスで話し合い、生徒会に提出。夏休み中に準備を八割ほどは完成させておき、九月の二週目の水、木、金曜日の三日間が文化祭当日。
 要するに時間がない訳だ。だから放課後も集まって話し合いを進めようと提案した。集まったのは帰宅部組の五、六人だけだった。ジュンは来てくれたけど、バンドが気になるのか、そわそわしている。

「しゃーねぇ、とりあえず俺等だけで話進めて、明日みんなにそれで良いか聞けば良くね?」

 ジュンは苦笑しながら、ひらひらと手を振った。一緒に教卓に立つフルっちと顔を見合わせ、僕は仕方なく司会を始めた。

「……というわけで、なにか意見は」

 こうも人数が少ないと、こっちの気も緩む。カツカツと音を立てながら、フルっちが黒板に「文化祭の出し物について」と整った字で書いた。
 誰も何も言わない。だらんと溶けそうになりながら下敷きをうちわ代わりにして扇いでいたり、ぼーっとしてるんだか考えているんだか分からないような目をしていたり。

「えーっと、とりあえず大雑把にこんなのーとか、そんな感じでも良いんで、誰かなにか……」

 あるわけないか。
 熱意があるなら、今頃僕はここに立って話していないもんな。
 各クラスの予算は一万円まで。喫茶店やたこ焼き屋などの利益が生じる出し物……つまり、商売系は禁止。お化け屋敷は文化的とは言い難いためにこれまた禁止。
 商売禁止は分かる、だけどなんでお化け屋敷が禁止なんだよ、一番手っ取り早くてお手軽じゃないか、文化的とは言い難いとかお堅いことを……

「意味が分からないよ」

 結局意見は一つも出なかった。誰かが塾があるから帰ると言い出し、それに続いて僕も私もと全員帰ってしまったのだ。気がつけば、教室にいたのは僕とフルっちとジュンだけだった。

「まぁ、ゆっくりやろうぜ。んじゃ、バンドあるから」

 そう言って、ジュンはよっこらせと立ち上がる。ひらひらと振られた手に応える気力が沸かず、僕は虚ろに揺れる手のひらを見ていた。代わりにフルっちが慌てて手を振った。少しだけ顔を赤らめながら。なんとなく、何故か気に入らなくて、胸が痛む。
 教卓に揃えて置いてある提出用のプリント。指で数えることの出来るくらい、締切が近い。僕の落胆と共に、黒板に書かれていた綺麗な字が粉と化して消えた。
 グラウンドから活気のある掛け声が聞こえる中、僕とフルっちはなんとなくまだ教室に残っていた。なにをするわけでもないが、フルっちは黒板消しを置いたポーズのまま動かないし、僕も開いていた窓を閉めたはいいけど動く気にならないのだ。

「そういや、フルっちは部活やってるっけ」

 夕日が差し込むオレンジ色の室内。影にいるフルっちはちゃんと色を持っていた。小さく横に首を振り、ゆっくりと近付いてくる。

「僕も帰宅部なんだ」

 聞いてねぇよ。自分でツッコミを入れた。窓にもたれて教室を眺める彼女は、さっきと違ってオレンジ色しか持っていない。足元を見てみれば、僕も同じだった。

「……早く、決まる……と、良いね」

 遠くのざわめきにも負けそうな声だった。

「そうだね」

 あれから(とは言っても一日しかたっていないけど)フルっちは、二人っきりであれば自分から話してくれるようになった。とてもスムーズな会話とは呼べたものじゃないけれど、誰とも喋らない人、それで通っていた彼女の突然の変化に、僕はまだ置いてけぼりを食らった気分でいる。
 僕の前ではうっかり声を漏らしてしまったから開き直っているのか、それとも何かしら一定の信頼を得たのか。いずれにせよ誇らしかった。昼休みに三人で弁当をつついていた時は、首を縦に振るか横に振るかでしか返事をしてくれなかったから。

「ねぇ、聞いても良い?」

「な……に、を?」

「どうして喋ってくれるようになったのかなぁ、って」

 空弾の音。大きな歓声。陸上部のエースのタイム測定が始まったらしい。驚異的なスピードでぐんぐん進む。あっと言う間にゴールした。

「なんと……なく、だけど、ね」

 フルっちに視線を戻す。まただ。また真っ赤になって俯いている。爪先をもそもそと忙しなく動かし、床を撫でる。いや、真っ赤に見えるのは夕日のせいなのかもしれないけど。僕は思わず息を飲んだ。

「杉浦くん、は、きっと私を……傷付けたり、しないって、思っ……た、から、」

 だから、と息継ぎをして、噛み噛みの早口で一気に続けた。「だからっ、私と喋ったふら、くらいじゃふこ、不幸になんてならな、なな、ら、ならないって、思っ思った、の!」
 一瞬、なにを言っているのか意味が分からなかった。傷付けたりしない? 不幸? それが話をすることとどう関係があるのだろうか。
 返事に困ってぽかんとしていると、あわあわと手をばたつかせながら、フルっちは僕の胸を掴んだ。

「ごめっごめん、ごめんね、気にしない、で。へん、変なこと言ってあの、ごめんなさい」

「あ、いやいや、大丈夫だから」

 落ち着いて。
 繊細な肩に手を置く。少し跳ね上がり、すぐに落ち着いてくれた。顔はトマトみたいな色になったけど。

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