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遅咲きの金戔花01
 本格的な梅雨入りを果たした日本は、どこの貯水タンクをひっくり返したんだというほどの雨を、日々降らし続けていた。あと一週間ほどで七月だというのに、夏なんて来ないまま日本は海面上昇、大洪水に巻き込まれ、沈没してしまうんじゃないだろうか。映画みたいに。もっとも、僕はその映画を観たことはないが。

「煙草……たばこぉ……」

 何日も閉め切った湿気だらけの部室は、ライターの火がつかないほどじめじめしている。幸か不幸か、マサトは禁煙状態。肌はツヤツヤに、そして挙動不信になっている。僕はそんな彼を見て、腹を抱えて笑った。

「っはははは! お天気お姉さんの話だと、明日には止むらしいぞ」

「それ、昨日も聞いた」

 震える指先で、マサトは制服のポケットを漁った。この部室で煙草を吸うことは、三日前に既に諦めている。財布の残金を確かめて、コーヒーでも飲むつもりと見た。ちなみに、三日前とは雨が降り出した日だ。

「……ん?」

 ゴソゴソと動く手は止まらない。
 止まったのは、僕の笑い声。

「どうしたの、マサト」

 シンジが首を傾げる。

「まさか、財布がないとか」

 僕の一言を合図にするみたいに、マサトの手がぴたりと止まった。顔を真っ青にしながら。恐る恐るといった様子で深く頷き、マサトは絶叫した。

「あぁあぁぁどうしようどうしよう! 俺の有り金の全てが入ってるのにどうしよううぅぅぅうぅ!」

 両手で頭を押さえてガクガクブルブルと小刻みに震え出した。シンジもビクリと震え上がったが、すぐに気を張ってマサトの肩を撫でた。

「大丈夫だよ。探しに行こ?」

 マサトはぶんぶんと首を横に振る。

「もう駄目だ。消えたい」

 マサトのショック症状はいつもの倍。煙草が吸えないせいもあるだろう。僕とシンジはどちらからともなく顔を見合わせ、頷いた。

「僕、探してくる。カズキはマサトを見ててあげて」

「止めるんだシンジ。俺の財布は既に宇宙人が回収済みだ。今頃あの金を使ってどこの国から買い取ろうか検討中なんだ」

 だいぶ相当ヤバい。僕はシンジを急がせた。真っ青なまま地を這うような低音で笑うマサトの背中を擦る。あ、これって吐き気のある時にするんだっけ。まぁいいや。

「そしたら俺はどうなる? 俺のせいで地球は、得体の知れないナンチャラ星人に乗っ取られるんだ。公開処刑! 後悔しちょるけ? どうだ! 今の、最高の駄洒落だろ!」

 なんかマサトが凄く怖い! 早く戻って来てくれ、シンジ!
 屋根に雨の当たる音。マサトの歯がカチカチ鳴る音。たまにマサトの啜り泣く声と高笑いをする声と、意味の分からないことを口走る声がする以外、その二つの音しかしない。僕はひたすら背中を擦った。
 シンジがマサトの財布を探しに行ってから、三十分がたった。なにやら部室の外からガヤガヤと声がする。一つはシンジだと分かった。もう一つは誰だろう。高いな。女の子?

「ふひひ。国連の奴等が俺を捕まえに来たぜ」

 マサトのうわ言を放置し、外の声に集中する。言い争っているらしい。というか、シンジが言い負かされている。女の子のほうが上手なのか。

「だが俺はそう簡単にやられたりしないぜ。戦って、勝てなかったらやられるんだ。何事もそういうもんだろ?」

 くひひひという奇妙な笑い声と共に、マサトがゆらりと立ち上がった。僕はマサトを座らせようとしたけど、その手はあっさり払われた。のろりのろりとドアに近付いて行く。拙い。この状態で外に出たら、なにをしでかすか分かったもんじゃない。

「きひひひひぃ! さぁ俺はここだ! 捕まえられるもんなら捕まえてみやがれぃ!」

 壊すんじゃないかという勢いでドアを開けた。外には予想通り、シンジと女の子。雨を凌ぐため、それぞれ傘をさしている。そしてこれまた予想通り、二人は突然の出来事にぽかんと口を開けて固まったままマサトを凝視している。良く見ると、女の子の手にはマサトの財布。

「あ、あ、あ……俺の財布じゃないかぁああぁぁ! お前、俺を国連に売ろうとしてたのか!」

 今にも殴りかかりそうなマサトを、慌てて後ろから押さえた。シンジも念のため女の子を庇う体勢に入り、女の子から財布を受け取る。

「違うよマサト。あのね、この子がマサトの財布を拾っててくれたんだ」

 シンジはそろそろとマサトに財布を渡した。マサトはそれを大事そうに受け取ると、雨が激しく落ちる外へ力なく倒れ込んだ。
 部室には椅子が人数分しかない。だけど今はマサトが倒れているからちょうど良い。床に毛布を敷き、その上にマサトを寝かせた。女の子はまだぽかんとしていたが、シンジが買って来た缶コーヒーを開けると一口飲んだ。彼女なりに落ち着こうとしているらしい。

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