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消せない過去02
 中学二年生の時、僕とイツキは同じクラスだったがほとんど口を聞いたことがなかった。
 中学三年生の時、職場体験実習で、僕とイツキは同じ場所を選んだ。クラスは別々だったけど、そのお陰でよく話すようになった。
 明るく朗らかなイツキは誰からも好かれていた。クラスで一人だけ浮いているような奴とも当たり前のように仲良くしていたし、格好つけて突っ張っている馬鹿な奴にも憶することなく接していた。そんな人望溢れるイツキだから、学級委員もやったし生徒会長もやった。教師からもご近所さんからも信頼は厚かった。
 一方その頃、僕は荒れていた。親の離婚と姉ちゃんの駆け落ち。この二つが主な原因だ。
 真面目に生きるのが馬鹿らしくなった。人の下に回り込み、ご機嫌を損ねないようにひいこらひいこら言っているから、母さんは父さんに騙されていたことに気付かなかったんだ。二人の間になにが起こったのか、僕は良く分からない。子供心なりにそう思っただけだった。
 姉ちゃんも同じだったと思う。姉ちゃんは自分の道を自分で切り開いた。姉ちゃんの彼氏が何度も結婚の申し込みをしに来ては、暴れる父さんと宥めようとして殴られる母さんのやり取りに巻き込まれていたのを、僕は知っている。
 僕は姉ちゃんみたいに家を出ることは出来なかった。まだ中学生で、義務教育は受けなければならないものだとしっかり分かっていたからだ。
 義務教育だから留年もしないし退学にもならない。僕はそこに甘えた。授業中は寝ていたし給食当番はサボったし、だが宿題はやらなかったがテスト勉強はしっかりやった。
 何一つ出来なかったりやらなかったりすると大人はうるさい。だから一つでも出来ることがあったほうが良い。そう知っていたからだし、勉強の出来る不良って、とてつもなく格好良いと思っていたからだ。僕は僕なりに道を切り開いていたつもりだった。
 職場体験実習はどうでも良かった。実習先一覧に適当に番号をふって、あみだくじを机に書いて、当たったところに行こうと思った。提出していないのは学年で橘だけだと担任が隣りでまくし立てて、あんまりうるさかったので睨んでやり、怯んだところにプリントを突き付けてやった。提出する気があるからこうしてあみだくじをやったんだ。少し考えてほしいと思った。
 僕が偶然にも当てたのは託児所で、保育関連の職場に行きたい子達は大抵、もっと大きな保育園を選んだらしく、僕とイツキしかいなかった。所謂「不良」呼ばわりされている奴の中にはイツキを煙たがる奴もいたが、僕はそうではなかった。
 ここは市立図書館の館長さんが図書館の二階に個人的に作った託児所で、保育園や幼稚園に通わせるには経済的に厳しい家庭の子供が預けられる。本当に個人的に作ったものだから、完全無料らしい。
 イツキは高校には行かず、ここでボランティアをしながら勉強をしている。大検を受けて、保育士の資格を取るらしいと聞いたことがある。

「館長さんには会った?」

 僕は首を横に振った。

「じゃあ帰りにでも顔見せたら? きっと喜ぶよ」

 僕は黙って頷いた。

「おにーちゃん、おなまえなんて言うのー?」

 鼻を垂らした女の子が、背中にのしかかってきた。思わず呻いてしまったが、すぐにおんぶをしてやる。女の子はきゃーと嬉しそうに叫んだ。

「カズキ。君は?」

「うんとねー、アユミー!」

 アユミちゃんは首に腕を回し、笑いながら首を締め出した。子供とは思えないほど力を入れられて、僕は慌ててアユミちゃんの腕を解こうとした。

「アユミちゃん、駄目よー。お兄ちゃん苦しいって」

 のんびり言いながら、イツキがアユミちゃんの腕を解いた。アユミちゃんはつまんないのーと呟きながら、部屋の隅に置かれているおもちゃ箱に向かって走って行った。
 子供は六人いる。女の子が四人、男の子が二人。みんなが思い思いの遊びをしているが、誰からともなく突然一つの遊びをみんなでし出したりもしている。
 窓の外はかんかん照りで、真っ青な空には雲一つない。締め切った部屋には軽くエアコンがかかっている。少し暑いと感じてしまうが、子供達の健康を思えばこのくらいで充分なんだと館長さんが言っていた。イツキもエアコンの冷気が苦手らしい。

「毎日ここに通ってるのか?」

 子供達は一斉に小さな滑り台を取り合い出した。僕は止めようか迷ったけど、イツキが動こうとしないなら大丈夫だろうと思い直した。たった一日だけここで子供の世話を見ていただけの奴の判断より、慣れている奴の判断のほうが正しいに決まってる。

「うん、五月頃かな。館長さんにお願いしたの。バイトじゃなくてボランティアで良いからって。ほら、館長さんの奥さんいたでしょ? ヨシミさん。ちょうど冬が終わるくらいから腰、悪くしちゃってて」

 ヨシミさんは館長さんの奥さんで、良く肥えた、絵に描いたようなお節介おばさんだ。保育士の資格を持っているが、体型のせいなのかそういう体質なのか、とにかく体調を崩しやすい。勤めに行くのが困難ならこっちに来てもらえば良いという、なんとも分かりやすい理由からこの託児所を考案した。

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