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遅咲きの金戔花05
 限界というものは誰の中にもあるものだ。僕と千笑子ちゃんの限界は同時に訪れた。僕の狂ったような笑い声が起きたと、千笑子ちゃんがマサトに掴み掛かったのは、一秒も違わなかった。打ち合わせなんてしていないのに、ドラマみたいにぴったりだった。

「全部あんたのせいよ! あんたがなんでもかんでも幼稚園児じゃあるまいのに落とすから……私は拾っちゃうの、拾っちゃったら届けるしかないでしょ? それなのに……」

 爆笑の渦から大粒の涙が、孤独の波から小粒の涙が出たのも同時だった。力が抜けて立てなくなった僕を支えながら、シンジはそわそわと目線を行ったり来たりさせている。思い付いたようにハンカチを取り出すと、千笑子ちゃんに差し出した。だが千笑子ちゃんは受け取らなかった。僕は笑いを収めようと息を止めたり、手で口を塞いだりしてみた。全く効果はなかった。ぽろぽろと雫を落とす目に力強い睨みを利かされて、僕はなんとか発作を止めることに成功した。

「こんな時に、笑うなんて、信じらんない」

 嗚咽と共に、正論が僕に突き付けられた。僕は鼻先に突き付けられた剣に、ずっと研いでいた剣で応えた。

「要するに、友達が欲しいんだろ? 気に入らないんだろ? せっかく友達になれると思った子が男だったってのが」

 僕の剣は特注品だ。悶々とうじうじと研いだものじゃない。感じた瞬間から、確信へ、確実に堅く堅く力を込めて研いだんだ。逃げることなんか出来ない。ほら、みるみるうちに、ほの赤い顔は蒼白へ移り行く。

「そんな強気じゃ友達もいないんじゃないか? 寂しいんだろ?」

 僕は止まらなかった。

「友達になりたかったのに気に入らなくて、それなのに楽しそうにしてるそいつらが……気に入らないんだろ?」

 止まらなくなった。

「仲間に入れてくださいって、言えば良いのにさ」

 止めたくなかった。

「カズキ、もう」

 か弱い力が腕にかかる。シンジまで涙目になりながら、きゅっと袖を握ってきたのだ。僕の顔を見るなり、ぶわっと涙が溢れた。嗚呼、一体、僕は今、どんな顔をしているのだろう。また、笑っているのだろうか。それならいい。嗤っているのだろうか。だとしたら……悪い癖だ。

「……寂しくなんか、ないのよ」

 追い詰められた猫は弱々しくも助けを求めている。震えながら、吃りながら、必死で手を掴もうとしている。差し出されてもいないものを、藁をも掴む思いで。

「私は一人でいれば良いの。誰かと関わっちゃいけないのよ、迷惑かけちゃうから。降り払えば大抵は嫌がるのに、それなのに、あんた達はいつでも笑ってるから……」

「言ってみたら?」

 今までずっと黙っていたマサトは、お得意の爽やかな笑顔で優しく言った。千笑子ちゃんが掴んだのは、藁なんかよりももっとずっと良い助け船だった。

「さっきカズキが言ってたこと。一人は平気でも、独りは辛いんじゃない?」

 同じことを言っているのに、なにが違うんだろう。千笑子ちゃんはまた泣き出した。今度は穏やかに。へにゃりとその場でへたりこんでしまったが、消えそうな声で確かに言った。
 だけど、僕は足が急に重くなった。どうして立っていられるのか不思議だ。手が震えそうになる。僕になくて、マサトにあるもの。それは一体なんだろう? なにが違うんだろう? どうしてマサトは人を素直にさせるのに、僕はいつも……追い詰めてしまうんだろう。

「全然迷惑なんかかかんないよ。むしろ僕がかけちゃうかもしれないけど、よろしくねっ!」

 小さな手を握り、上下にぶんぶんと振るシンジはとても嬉しそうで、千笑子ちゃんはトマトみたいに顔を真っ赤にしていた。おかしい光景なのに、僕は笑う気なんか起きなかった。ここから逃げたかった。僕だけが違う気がして怖かった。

「ねぇ、千笑子ちゃんも《青春部》に入ろうよ! そしたらずっと一緒にいられるよ!」

「な、何よそれ。私、一応バレー部入ってんのよ……いつもサボってるけど」

「じゃあ辞めれば? 部長直々に《青春部》に誘ってやるから」

 突然訪れた賑わいに、僕は入り込めなかった。夏の日差しを受けて、二つの金盞花が遅いながらも咲いてしまった。例えそれが道端でも花壇でも、金盞花は咲いてしまったのだ。季節外れな僕の花言葉も、いつか誰かに届くのだろうか……




END

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あきゅろす。
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