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遅咲きの金戔花03
 放課後の校内に残っているのは大抵、金のないギャルか不良だ。金のある奴等はゲーセンやらなんやらに行く。そうじゃない真面目な奴等はさっさと帰るか部活に専念するか、図書室で勉強するかだ。ちなみに僕等は真面目に部活に専念派だ。異議はないだろう?
 キンキンと喧しい笑い声が廊下に響いて耳が痛い。なんだってあんなに高い声を大にして喉の奥から笑うのだろう。

「やっべぇ、超ウケるしー」

 お前がウケるし。
 四クラス全ての教室を覗いてみたけれど、千笑子ちゃんはいなかった。シンジは少しがっかりしていたけど、僕はむしろ安心した。少なくとも千笑子ちゃんが普通の女の子だということが分かったからだ。ウケる連中と関わっている様子もなさそうだったし。

「部活とかやってるのかな」

「やってたら放課後毎日、俺達のところに来る余裕はないんじゃないか?」

「それもそうだね」

 ということは、放課後は真面目にお勉強派?

「明日の休み時間にでも捜そうよ。そのほうが教室にいるから捜しやすいんじゃない?」

 どうせなら日下部の授業をサボって捜そうぜ。僕がそう提案すると、シンジも楽しそうに笑って頷いた。僕等は反抗期真っ盛りであった。
 昨日より大人しくなった空は、それでもまだしとしとと泣いている。マサトも同じく泣いていた。

「俺はもうここまでだ。せめて最期にシンジを信じるよ。どうだ、面白いだろ、今の」

「何言ってんだよぉ。マサトはいつだって僕達を信じてくれてたじゃないか」

「馬鹿、シンジ。今のは笑ってやるところだぞ」

 マサトを嫌う連中が今ならコテンパンにしてやれると思い上がって、何度か襲撃に来た。だがその度にマサトは、今の状態からは考えられないほど瞬時に反応し、圧倒的な力でそいつらを打ちのめした。それを見る限り煙草なんて必要ないんじゃないかとも思うが、そういうわけにもいかない。精神というかマサトの核というか、とにかくどこかが保たないのだ。

「次の授業、俺とシンジは抜けるから」

 ぐったりと俯せたまま、マサトはきひきひと笑っている。たぶんこれも、僕の言葉への何かしらの返事なんだと思う。全く心配じゃないと言えば嘘になるけど、日下部が教室に入ったのと同時に、僕とシンジは後ろのドアから廊下へ滑り込んだ。前のドアの閉まる音と共にチャイムが鳴った。あいつは生きた時計なんじゃないかといつも疑ってしまう。
 どの教室もガヤガヤしたままだが、それを無視していろんな先公がそれぞれいろんな説明を始めている。僕とシンジは隔離されたかのような、静かな長い道の真ん中をこっそり歩いた。堂々と威張る真似を小さくしながら。おかしくて笑いそうになったけど、懸命に堪える。堪えきれなくて、ぶふっと息が漏れた。

「さ、捜そうか」

 気がすんだので本来の目的に戻る。僕らは一番端の一組だから、廊下沿いに教室内を覗いて捜すつもりだ。体育館で体育をやっていたり、移動教室で教室がスッカラカンだったり、休みか保健室で寝てるかしていたりしない限り、きっとすぐに見つかるだろう。実際、千笑子ちゃんはすぐに見つかった。あっさりいきすぎて面白くない。僕とシンジは肩を落とした。千笑子ちゃんは二組だったのだ。

「五分で済んじゃったね」

「せっかくサボったのにな」

 廊下の窓の僅かな隙間から良く見える。千笑子ちゃんは廊下側の前から三番目の席で、今覗いている廊下の窓は前から三番目の窓だ。千笑子ちゃんも僕とシンジの話し声に気付いた。僕とシンジを確認すると、げげっと言いたそうな風に眉を潜めた。

「何してんのよ」

「千笑子ちゃんの謎を暴こうの会の者です」

「はぁ?」

 そんなこと言ったら千笑子ちゃんに悪いよ。そう言ったシンジの言葉はありがた迷惑というやつでしかなかったようだ。千笑子ちゃんはカチンと来たらしく、席を立って廊下へ出て来た。化学式の説明を遥かに上回る私語のお陰か、千笑子ちゃんが抜け出したことに誰も気付いていない。

「っとに。何してんのよ」

「だーから、千笑子ちゃんの」

「そういうことじゃなくて!」

 これ以上茶化すのはいけないと思った。彼女の顔は少しも笑っちゃいない。

「困るの。こういうの。あんた達は仲良し組で集まってわいわいやってればいいんだろうけど、私はそうはいかないの」

 笑っちゃいない。心なしか青白い。唇は震えているけれど、言葉は感情を無視して溢れかえってしまっている。シンジはそれに気付いているのかいないのか、ただしょぼんとしながら話を聞いていた。

「ふうん……要するにさ」

 僕は茶化さないことにはしたけど、お構いなしで言った。

「寂しいんだね」

 千笑子ちゃんは何も言わなかった。

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