小説(人間話)
ユキと空の場合・・・本当は、2
胸をはったユキの顔に、今度は空が手を伸ばした。
仕返しだとばかりにユキがかけている眼鏡を奪った。
「あ、おい。俺はお前と違って眼鏡ないと見えないんだって!」
眼鏡がなくなって、まるでこの世の全てが憎いというような目つきになるユキ。
まったく見えない。
手を伸ばせばいるだろう相手の顔すら、モザイクがかけられている。
どれだけ目を細めようが視点は定まらない。
そんなユキには興味がないのか、空はユキの顔にのっていた眼鏡を弄ぶ。
目つきが悪い友人の顔を眼鏡から覗いて遊んでから、それを裏返す。
そして、自分の顔にのせた。
「・・・きっつい」
「かけたのか?!見たい!でも見えない!ていうか視力低下の原因だからやめなさい」
「ユキ、どこだ?」
方や眼鏡をとられて見えない視界に目を細めて手を伸ばした。
方や合わない眼鏡をかけて見えるはずなどなく、同じく目を細めて、手を伸ばす。
「おーい、空?まだいるよな?」
「いる。眼がいたい。ユキ、どれ。これ?」
「いや、たぶんそれはリモコンだ」
ペタペタと周りのものに触れて探る。
しかし指にはお互いが触れることはなく、またペタペタ。
ペタペタ。
ペタペタペタペタ。
・・・ぐに。
「お、なんだこれは。空か?」
「・・・脇腹です。直で触るなスケベ」
「なんですって?!まぁ!この、動くなよ」
「っ、それ、あばら。痛いから踏むな」
「うお、冷た!びっくりした!お前、それは首だ。首っつか喉仏だ」
「い、いだだ。ちょ、折れる」
「あ、悪い。え、この顔にあるのお前の手?すげえ冷たいんだけど」
「ぐぇっ・・・ゆ、ユキ、みぞおちは・・・・」
空が眼鏡を外せば全て済む話なのだが。
現状を説明すると、
ユキの右手は空の脇腹に偶然触れて、眼鏡を奪還するため上へとたどったのだが、いかせん直に触れていたから・・・空の服が捲れている。
空の片手は迷子。
もう片手はユキの首というか喉仏に始まり、そのままスライドさせて今はユキの頬にたどりついた。
余ったユキの左手。
ぶら下げていた伊達眼鏡をソファの背の上に置く。
それで、今ユキが把握できる唯一のものを握った。
「空、いい加減に、なさい!」
「っ?!」
空の手を引いた。
ボヤけた視界に黒い・・・多分空の髪・・・ものが見えた。
うすらぼんやりと、空の顔をとらえた。
「おら、捕まえた。さっさと眼鏡返せ」
睨んで・・・眼鏡がないから目つきは日の倍以上悪い。
手は逃がさないように掴んだままだ。
さらにもう片手も、触った感じで見当をつけた後頭部に回す。
「・・・・・・じゃあ、ユキ。目を閉じて」
「はぁ?なんで」
「いいから」
空の言葉に従い、目を閉じた。
するとほどなく顔に慣れた感覚。
そしてすぐに目を開く。
「・・・」
「・・・」
沈黙。
「・・・、」
ふ、と空が微笑ってみせた。
「よお、ユキ。自分が思っているよりもお互いの距離は実際はずっと近いみたいだぜ?」
まさしくからかうみたいな表情で、ガールフレンドに言ってやるのが最適なセリフを空が言う。
ポカンとしたユキの手から空が抜け出す。
しばしユキは固まって、唇を震わせた。
「・・・わ、悪かった」
「なにが」
「ゴメン空。やり過ぎた。ゴメン」
「・・・?」
「いや、うん・・・いや、あー、その・・・わからないなら、いいや」
顔を覆った。
またソファの上に転がり、深く呼吸をして欠伸をもらす。
腕を枕に身体を横にする。
しかし、落ち着かなかったようで、ごろりと転がってソファの背中側に身体を向ける。
ユキにしたら、自分の方へ、ネコがすりより甘えるように、丸まったように見えた。
顔を覆った手を離して、空の髪に触れると空が目を閉じた。
「・・・・・・疲れたか?」
「・・・いや」
「・・・疲れてる」
「・・・うん」
髪の感触を楽しむようにして、撫でると、気持ちよさげに空が体の力を抜いた。
「・・・バイト」
「あぁ、お疲れ。寝な。毛布もってきてやるから」
今、空がしているバイトで、眼鏡キャンペーンというものをしている。
だから、今日は伊達眼鏡をかけていたのだ。
慣れないことをしたからか、それともいつもと違った客の反応に戸惑ったのか、大分今日の空は疲れているようだ。
「空、」
毛布を持ってくる前に、声をかける。
空がうっすらと目を開けた。
空の眼鏡を持つ。
そして、それを自分の頭に。
「所さん」
「・・・微妙」
終。
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