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悪魔の囁き
01.絶望の果てに

 カン、カカン、カン、カカン、カン、カカン……

 人気のない階段に足音が響く。この先にある屋上は立ち入り禁止だが、鍵はかかっていないはずである。


 オレは今、どんな顔をしとるんやろうか。

 家族や友人は、何て言うやろうか。

 生きたくても生きられなかった人達には申し訳ないが、だからといって足を止める事はない。

 オレだって考えた。何日も何日も考えて、そして出した結論なのだ。誰と会って話しても思い直す事はないだろう。

 自分自身、少し驚いてはいるが。

 「大切なものは失ってから気づく」という言葉を身をもって知る事になるとは思いもしなかった。それが想い人などという色気のあるものではなかったのはオレらしいかもしれない。



 ガチャ、と音を立ててドアを開く。フェンスのないコンクリートの屋上は殺風景で、時折吹く風がひどく冷たく感じられた。


 今まで考えた事もなかったが、物事に優先順位をつけるとしたら一番になるであろうそれを、オレはあっけなく奪われた。非はあちらにあるにしても悪気があったわけではなく、運が悪かった。ただそれだけ。

 真剣な顔と下げられた頭を見た時、ずるい、と思った。感じの悪い相手ならわめき散らす事もできたのに、そんな事をしようものなら、まるで聞き分けのない子供のようではないか。

 あっちが失ったのは取り戻せるものだけで、オレは命よりも大切なものをなくした。


 親しい者達からの慰めも、世間からの同情もどうでも良かった。オレの気持ちなど、オレにでもならなければ到底理解できまい。上辺ばかりのきれいな言葉を吐く口で、全く違う事を言うのだ。


『大丈夫やで。きっと良ぉなるから(足治らんのやって。かわいそうやけど、ライバルが減ってラッキーやな)』

『早よ走れるようなったらええのになぁ(無理やろうけど……)』


 ×××はオレの全てで、××スの前では全てがかすんで見える。それに気づいてしまったオレは、×ニスを失ったこの世界で生きる事などできないだろう。


『絶対絶対、テニスしよな。オレのパートナーは雄真(ゆうま)だけやから。ずっとずっと待っとるから。大変かもしれんけど、一緒に頑張るから』


 一人だけオレを思ってくれていたヤツを思い出し、小さく首を振る。


 まるで米粒のような人達を見下ろして、オレはコンクリートの縁に足をかけた。カランカラン、という音をどこか遠くで聞き、一歩踏み出す。


「ごめんな、雄也(ゆうや)――」










 絶望の果てに



 二月十八日(金)

 村上雄真(18)病院の屋上から飛び降り、自殺

 インターハイ三連覇を成し遂げた冬の事だった




[勝ったで!#]

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あきゅろす。
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