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悪魔の囁き
02.暗転、暗転

 利き手である左手首の損傷。それにより、長時間のテニスができなくなるかもしれない。

 その知らせを聞いたのは、オレが病院で目覚めた次の日のことだった。

 あぁ、またか。

 こみ上げてきたのは絶望と、諦めに似た何かである。

 この世に悪魔がいるのなら、きっと神様もいるのだろう。そしてその神様は余程オレのことが嫌いらしい。テニスをするために転生してなお、同じことを繰り返すのか。

 いや、そうやって悪魔と取り引きをしたからこそ罰が当たったのかもしれない。

 正直神様がいるかいないかもこの事故が偶然なのか必然なのかも興味がないが、オレからテニスを奪う“もの”に対してはこの上ない怒りを感じた。それを一般に“運命”と言うのなら、オレは“運命”を否定しよう。

 見舞いに持って来てくれたラケットとボールを掴み、病室を後にした。




   * * *




――ごめん、雄真。雄真は助かるはずやったのに。オレが怪我したら良かったのに。

 違う。怪我したことは別に後悔していない。これは大事な人を守った証や。無事やったんならそれでええ。



 スパァン!

「はぁ、はぁ……」

 ただ我武者羅にボールを追う。まるで敵を見るように睨みつけて、黄色を打つ。



――ほんなら、何が耐えれんかったん?テニスができんこと?

 もちろんそれもあるけど、世の中の理不尽さ。それから矛先を失った絶望や怒りのやりどころ。周囲からの同情と―――真っ黒に塗りつぶされた将来への不安。



 スパァン!

 帰って来たボールをまた打つ、打つ、打つ。

 豆ができた。皮がめくれた。手首が痛い。足がガクガクする。視界がかすむ。頭がジンジン痺れる。



――雄真はさ、テニスが好きやんな?

 当然。



「んあっ!」

 スパァン!!

 痛覚がなくなってきた。それでもラケットを握る。

 目の前が暗くなってきた。それでもボールを追う。

 前世と合わせて二十年。ずっとテニスを続けてきた。コートの広さは染み付いている。グリップを握る感触も、球のスピードも。



――ほんなら、何で飛び降りたん?

 テニスができんくなったから。



「はあっ!」

 スパァン!!

 頭の中で音が鳴る。頭の中で黄色が跳ねる。



――ホンマに?



「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 オレはひたすらにボールを追い続けた。



   * * *



 ザーザーと雨が降り注ぐ。ラケットが滑り落ち、ボールがテンテンと転がった。

「啓輔!お前何やっとんねん!」

 兄貴の声が遠く聞こえる。視界に映るだらりと下げられた手は血が流れているようで、他人事のように汚い赤や、と思った。

 足元の黄色は靴に当たって止まり、切れた靴紐は薄汚い灰色だ。

「ボロボロやんけ!色々言いたいトコやけど風邪ひくやろ、早よ中入れ」

 バサッと頭からかけられた真っ白なタオル。それらはオレの心を表しているかのようで。










 暗転、暗転



(恨むべきは何なのか)

(罪深きは誰なのか)



[*負けたわ…][勝ったで!#]

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あきゅろす。
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