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credere〜風の運ぶ恋心〜
プロローグ
        〜プロローグ〜


キィコ……キィコ……
断続的になる金属音は真夜中の静寂を破り、いつまでも続いている。音が鳴り響くブランコには一人の少女が乗っていた。彼女の名前は斉藤綾女(あやめ)。十四歳の女の子だ。彼女はただ、うつむいてひたすらブランコをこいでいた。
「君、こんな時間に何をしているの?」
一人の少年が少女に尋ねると、少女は顔を上げて少年をみた。
「あっちに……行って……」
「え……?」
「私に……かまわないで……」
少年はすっと立ち上がると少女の手を引っ張って立たせた。少女はいきなり手をとられたことに怒るわけでもなく、また驚きもしなかった。しかし少年に冷たい目線を投げかけると、少年の手から自分の手を振り解いた。
「私にかまわないで」
「それはできないよ」
少年が彼女の目を見つめると、彼女は目線をずらし、少年の目をみないようにした。
「こんな真夜中に女の子が一人でふらついてたら危ないよ。君の家はどこ? 僕が送っていくよ」
「ほっといて……」
彼女はくるりと背を向け、どこかへ去ろうとする。
「私は一人でいる事に慣れてるの……」
そうつぶやくと彼女は暗闇の中へと消えて行った。少年はどうすることもなく、少女が暗闇へと姿を消すのをただただ、見ているしかできなかった。


翌日、県立東秋坂高校の三年二組の教室で、少年は友達に昨日の事を話した。
「寝ぼけて夢でも見てたんじゃねぇのか?」
少年の親友の一人、工藤英一(えいいち)がそう言うと他の親友、鈴木早太が、
「光太らしいな……夢だったんだよ」
と英一に同意した。
「本当にいたんだって! でもさ、それが変な女の子で……人見知りが激しいっていうかさ、何も話してくれないんだ。なぜあそこにいたのかも……」
「だから夢だって!」
英一が笑って言う。確かに言われてみると、現実味がないし、真夜中の出来事だったのであまり記憶もない。
「まぁ……完全に夢ってわけではないけど、八十%は夢だな」
早太が笑いながら言うと、学校のチャイムが鳴り響いた。
「じゃああとでな! 俺は数学だから」
光太の学校は数学ができる人は数学の、国語ができる人は国語の授業を多めにとらせるために生徒それぞれの時間割がかわっている。光太と英一たちは別のクラスだった。
「じゃあ」
英一たちと別れると、光太は考えた。
(あの女の子は何をしていたんだろう……ブランコに乗っていただけに見えるけど……普通、あんな時間にブランコになんて乗るか?)
「コラ、杉本!」
先生が怒鳴っているのが聞こえ、光太ははっと我に返った。
「す……すいません! 少しボーっとしてまして……」
「まぁいい……羽田、続きを読んでくれ」
羽田と呼ばれた生徒は立ち上がると教科書を読み始めた。
「……つまり、この世界で自分と同じ人などいないのである。なぜなら、人々はみなそれぞれ違うのだから……」
(人々はみな違う、か……彼女も少し珍しいだけの女の子だ。今日、また会いに行ってみるか……)
光太は決意を固めると、授業に集中した。


「大体この時間だったな……」
光太は昨日と同じ公園に来ていた。ちょうど昨日と同じくらいの時間に来て見ると、ブランコの音が聞こえてきた。
「君……!」
少女は光太の声を聞き、光太を見た。とたんに逃げ出そうとした彼女を光太は急いで止める。
「待って! 昨日は悪かった……いきなりあんなことされたら、困るよな……」
「近寄らないで……」
少女は立ち止まりはしたが、一定の距離を置いて光太から離れた。
「君……なんでいつも悲しそうな目をしているんだい?」
光太はその場で踏みとどまったまま、彼女に尋ねた。
「人間は……嫌いなの……」
彼女は光太に背を向けたまま答えた。光太は答えになってないので一瞬迷ったが、なんとか話をつなげようと色々なことを尋ねてみることにした。
「そうか……もしよければ理由を聞かせてくれないかな? なぜ人間が嫌いなのか……」
彼女自身、人間なのだ。なぜ自分と同じものが嫌いなのか、光太には理解できなかったが、彼女の過去に辛い事があったのは確かだと確信していた。彼女は黙ったままだった。答えたくない様子も見せず、答えようという様子も見せなかった。無気力、無関心という言葉が一番よく当てはまる様子だ。
「僕は……君が嫌っている人間だ。でも君も同じ、人間だ」
「同じなんかじゃない!」
それまで感情を表さなかった少女は、いきなり声を荒げた。
「ご……ごめん……」
二人の間に気まずい沈黙が訪れた。しかし、それは光太からすぐに破られた。
「でも……僕は君がどんな人なのか知りたいんだ。なぜそんなに悲しい目をしているのか。頼む、僕を信じてくれ」
光太が土下座すると少女はくるりとこちらを向いた。
「斉藤……綾女……」
「え?」
「私の……名前……」
少女はまだ光太と目を合わせるところまでは打ち解けていなかったが、光太の真っ直ぐな気持ちが通じたのか、自分の名前を光太に教えた。
「綾女さんか……いい名前だね」
光太の言葉には耳を貸さず、綾女は地面をじっと見続けている。
「俺は杉本光太。みたところ君とより少し年上だけど、畏縮はしなくていいからね」
「……はい……」
光太はいきなり事情を聞くのはどうかと思ったが、他に聞くこともないので単刀直入に聞いてみることにした。
「君、ここで何をしているの?」
「……得に意味はありません……」
「……友達は?」
「私は一人で大丈夫です……」
どうやら綾女は慣れあいを好まないタイプらしい。しかし、光太は綾女に友達を作ってあげたかった。自分と言う友達が……。
「君、お母さんやお父さんは?」
「……いません」
「え……」
「事故で……亡くなりました……」
「ご……ごめん……」
再び、気まずい雰囲気になり始めたが、今度は綾女から沈黙を破った。
「あなたは……何をしているの」
「僕は……君の事が気になってさ」
「私……あなたに気になってほしくなんかない」
また沈黙が訪れた。正直、光太には女性の扱い方がまるでわからないのだ。沈黙をどう破るべきか、光太にはわからず、ただただ黙るだけだった。
「あ、そうだ!」
光太が大きな声をあげたのに綾女は身動きひとつしない。まるで石のようだ。
「これからさ、僕の家に遊びにこない?」
「光太さんの……家に……」
「たいした物ないけどさ、君、いつもここで寝てるんだろ?ふかふかのベッドもあるし、今日は僕の家に泊まって行けよ!」
普通、数分前に話し始めた人の家に泊まるなど考えられないが、光太は綾女なら来るだろうと考えていた。案の定、綾女は、
「はい……」
と答えた。
「よし、じゃあいこう!」
光太は綾女に手招きだけして先導することにした。
(また手を握ったら怖がるかもしれないからな……せっかくいい感じになれたし、ここで失敗したら全て水の泡だ!)
そこで光太はあえて手を握らず、先導して歩いて行くだけにした。


自宅につくと家族は皆寝ていた。もちろん真夜中なので当たり前なのだが……。
「何か飲み物いれるよ。何がいい?」
光太は冷蔵庫をあけながら綾女に尋ねた。
「何でもいい……」
「じゃあ麦茶でいい?」
「はい……」
光太は麦茶をコップに注ぐと綾女の前にだしてやった。綾女はコクリと音をたてて一口だけ飲むと、静かにコップを置いた。
「さて……落ち着いたなら寝ようか?」
「はい……」
光太は綾女と一緒にリビングを出ようとした。そのとき、綾女が光太の服を引っ張った。
「あの……電気……」
電気をつけっぱなしででかけた光太に綾女はリビングの電気を指さして知らせる。
「あぁ……あれはあのままでいいんだ」
光太はそっと自分の服を掴んでいる小さな手をとってやりながら微笑んだ。
「なぜ……?」
「僕はこの部屋で寝るからだよ」
そういいながら光太は綾女を自分の部屋へと連れて行った。


「ここの部屋で寝て」
部屋に綾女を案内すると、光太はベッドに綾女を寝かしつけながら言った。
「あまり居心地はよくないけど……公園のベンチよりはいいだろ?」
「はい……」
「じゃあ……オヤスミ」
光太は電気を消して部屋を出ようとする。
「……待って」
「どうかした?」
「光太さんは……どこで……」
「あぁ……僕はリビングのソファで寝るよ。朝になったらリビングに下りてきて。母さんには僕が説明しとくからさ」
「はい……」
「じゃ、オヤスミ」
光太は扉を閉めるとリビングへ降りていった。
(綾女は……公園のベンチで寝てたのかな……? もしそうだったら可哀想だ……しばらくは、ウチにいさせてあげよう……)
ソファに身体を倒すと、彼はすぐ眠りについた。


このときの光太は知らなかった。綾女の過去に何があったのか、彼女が秘密にしていることは何か……。そして、自分の気持ちにも気づいていなかった。心の奥で、彼女のことを好きだという気持ちに……。



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