情報屋、やってます。
2
きっかり6時、"dog"の溜まり場である廃工場の倉庫前に立った。
このへんの廃工場の倉庫の中ではかなり大きい方。
"dog"は結成からまだ2年くらいしか経ってへんけど、縄張りをかけた抗争をすることなくこの倉庫を占拠している。
そんなことができているのは、まあ、いろんな要因が重なったからとでも言っとこか。
倉庫の引き戸をガラガラとスライドさせる。
視界が開けた瞬間、倉庫内の視線が一斉に突き刺さった。
そんな見なくてええって。
たくさんの視線に押し潰された自分の視線が、自然と下に落ちる。
「こんばんはー」
小さな声で挨拶してから中に入って、扉を閉めた。
「透哉ー!こっちこっち!」
間髪入れずにそんな呼び声が聞こえてくる。
段ボールやら持ち込まれたらしいインテリアやらでごちゃっとしている倉庫の一番奥のソファに、ぶんぶんと大きく手を振っているアホを発見。
いつもはうるさいその声も、このアウェイな空間では救世主の声や。
ちょっと、ほんのちょっとやけど、不快感が薄らいだ。
周りの視線を極力無視して、相田正行が座ってるソファに向かって歩く。
隣には櫻井弘人がいて、相田正行の頭をひっぱたいていた。
俺には聞こえないボリュームで相田正行に小言のような何かを言ってるけど、相田正行は訳が分かりませんという顔。
いつも通りで安心する。
向かい合わせに置かれた複数人掛けのソファの側まで着くと、櫻井弘人に座るよう促された。
櫻井弘人の正面に腰を降ろすと、相田正行がポカンとした表情をしてから、
「あ、じゃあ俺もそっち行こうかな」
と言って腰を浮かせた。
「何がじゃあなのバカなの?バカだったね知ってた」
櫻井弘人がそんなバカの腕を引っ張って、強制的に座らせた。
「なんで?ダメか?」
「あのね、今日はとーやくんは"dog"へのお客さんでしょ。君がそのお客さんの隣に並んで座るのはおかしいのー。わかった?」
「…よくわかんね」
「…………。まぁいいや。とりあえずマサリンはここにいて」
「えー…」
「はい、とーやくんいらっしゃい」
さすがいつも相田正行と行動してるだけある。
スルーはお手のもんやな。
「で、用件は?」
短く、本題を切り出してくる。
櫻井弘人としてはさっさと終わらせてさっさと帰ってもらおうって算段やろ。
こっちもそんなに長くここにはいたくないから好都合。
"dog"のメンバーたちは、雑談をすることもなく、固唾を飲んでこちらを凝視しているため、ものすごく居心地が悪い。
見世物ちゃうねんぞ、そんな見んな。
まぁ、俺がいづらくなるようにわざわざセッティングされてるんやろな。
「"rabbit"が潰れたのは知ってるか?」
「うん」
「なら話は早いな。"dog"に入らせてもらえへん?」
「断る」
早い。
想定内やけど。
相田正行にも言った通り、"dog"に入ることは端から諦めてる。
俺の今日の目的は、妥協しあうように見せかけること。
「さて、用が済んだならもう帰りなよ」
「えー、別に帰らなくていいぞ」
「マサリン今はほんとにしゃべらないでくれる?」
「ほな、総長さんのお言葉に甘えさしてもらいましょか」
櫻井弘人が短く舌打ちをする。
「いくら粘っても君を"dog"に入れるつもりはないからね」
「それならあとちょっと粘るくらい許してやー」
「………」
櫻井弘人が押し黙る。
いくら櫻井弘人が頭良くても、商談経験はこっちのが上や。
しかも、運がいいことに、相田正行が隣にいてる。
一応総長やからってことで隣に置いとるんやろけど、明らかにミスやで。
俺がこいつらに助けてもろたことを利用できると思ったのは、こういうこと。
確かに恩はできたし一見俺に貸しがある。
けど、2人にとって俺は、ただの他のチームの情報屋ではなく、死にかけのとこを助けて何日間かお世話した水崎透哉って存在になった。
仲がいいとは程遠いけど、無縁とも程遠くなったわけや。
いくら冷たくあしらおうとしても、無意識の内に情は沸く。
相田正行に至っては冷たくあしらおうという気すらあれへん。
こんな最高の状況で、みすみす帰るわけにはいかへんわな。
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