情報屋、やってます。
絆し絆され 1
放課後、校舎を後にしたその足で向かったこぢんまりしたカフェバーの扉を押し開ける。
チリンチリンと、控えめなベルが来客の知らせを告げた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
初老の男性に促され狭い店内を見渡せば、少し時代を感じさせるテーブルはどれも無人やった。
ツカツカと歩みを進め、1番角の二人用の席を確保する。
先程の男性が水を運びに来たタイミングで声をかける。
「ダージリンひとつお願いします。あと一人来るんで、そしたらブレンドください」
「かしこまりました」
オーダーを書き留めた男性は、恭しくお辞儀をして身を引いた。
"仕事用"の携帯端末の画面を点けると、『もう着く』という簡潔なメッセージが届いていた。
途中で事故でも起こして死なへんかなっていう淡い期待は、今日も外れたらしい。
ふぅと息を吐いたところで、再びチリンチリンとベルが鳴る。
入り口に視線をやれば、上等なダークグレーのスーツに身を包んだ青年がこちらへズカズカと近づいてきていた。
そのまま俺のいるテーブルまで来ると、目の前の椅子へと腰を下ろす。
「よぉ。元気か」
ドスの効いた声で聞くことちゃうからな、それ。
出そうになった悪態は、寸でのところで飲み込んだ。
「おかげさまで」
目の前の青年は自分から聞いたくせに大して興味もなさそうに、煙草を取り出し火をつけた。
「しっかしまァ、年々あの女に似てくるなお前」
「…コンプレックスなんで触れんといてください」
「はっ、そのツラでコンプレックスたァ、よく言うぜ」
初老の男性により運ばれてきたカップが2つ、目の前に差し出される。
「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」
再び恭しくお辞儀をして戻っていく男性には目もくれず、青年の目が俺を射抜く。
「進捗はどうだ?」
「こないだ言ってたとこは2週間以内に潰れます。残るのは、デカいとこ1つと、小さいのが3つ」
「デカいのはどうやって潰す?」
「…ムズいとこすけど、まぁ、内部分裂で崩すのが手堅いかと」
「算段はあるってことだな」
ないなんて言わせへんくせに、わかりきったことを。
「時間かかるのは大目に見てくださいね。来年の春が終わるまでには全部終わらすんで」
「あ?来年の春だと?…やけにのんびりしてんじゃねェか」
眇られた目は、鋭さを増す。
「納期は再来年の3月末ちゃいました?」
「……ハン、好きにしろや。次の仕事回ってくんのが遅くなるだけだぜ」
「そら、善処はしますよ。遅くても、っちゅうことです」
ティーカップを口元に運び、香りを楽しみながら音を立てずに啜る。
青年がふと思いついたように、ソフトアタッシュのバッグから封筒を取り出した。
スっと目の前に差し出されたそれを、無表情で見つめる。
「お前の親父からだ。生活の足しにしろってよ」
「…なんぼですか」
「てめぇで数えろよ」
封筒を受け取り、中から紙の束を取り出す。
ペラペラと指で捲って、心の中で数を数えていくと、ちょうど100で止まった。
逡巡し、その内10枚だけをきっちり数えて抜き取る。
残りは封筒に戻し、目の前の青年に突き返した。
「あとは"そちら"に返します」
「…可愛げねェよな、お前って」
青年は呆れたように笑うと、封筒を受け取りバッグへ戻した。
俺は俺で、自分のカバンの内ポケット、ファスナー付きのところにそれを畳んで入れる。
「じゃ、そろそろ行くわ」
青年は煙草を灰皿にグリグリと押し付け、コーヒーを一気に煽った。
その後バッグから取り出した品の良い財布を覗き、ヒラリと紙幣を1枚テーブルに置いた。
「小せぇのねェからこれで」
「…ごちそうさまです」
お釣りが来るどころの話ちゃうやん。
自分とはズレている金銭感覚に思わず顔の筋肉を引き攣らせるが、青年は一瞥もくれずにサッと立ち上がり颯爽と去っていった。
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