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哀色
生きてる
目の前のベッドで横たわっている弟の顔を見つめる。
その顔には酸素マスクがつけられ、腕からは何本もの点滴の管が伸びていた。



優が倒れているのを見つけたのは俺だった。


偶々その日高校の同窓会で、ついでだから優のとこに寄って行こうと思って寮を訪ねた。
でも、寮主から聞いた優の部屋の前でインターホンを鳴らしても、優は出てこなくて。

まだ部活中かもと思い当たって、ダメ元で電話をすれば、意外とすぐに優は出た。

ただし、聞こえてきたのは激しく咳込む音だったけど。


ついで咳の合間に、苦しそうに俺の名前呼んできて、かなり焦った。
ドアには鍵が掛かっていたから、即寮主のとこまで戻って、理由説明して合鍵で開けてもらった。
その時には優はすでに意識がなく、ソファでぐったりと横たわっていた。

それからすぐに救急車を呼んで、病院に連れてってもらった。

本当はそのまま入院するはずだったけど、優が、死ぬなら家で死にたいって言ったから、家で療養させることにした。

死んだりなんかしないって、言ってやりたかったけど、言えなかった。
気休めにすら、ならない。


たぶん、優は助からない。


それは医者の雰囲気からも感じてとれた。

優にははっきりとは言ってないけど、本人はとっくにわかってるらしい。
優は今、どんな気持ちで生きてるんだろう。


優が起きてる時間は、だんだん少なくなってる。
もう次は、目を覚まさないかもしれない。


ひとつ救いなのは、俺がほぼずっとついててやれること。

もう大学1年と2年でだいたいの単位はとったから、3年の今は結構暇だ。

やっぱ、せめて誰か家族が看取ってやった方がいいよね。

親父は今会社の社長してて滅多に家帰ってこないし、母親に至っては海外だから、俺がついててやらなきゃ、優は1人で死んでいく。



ていうか、なんで優なんだろう。
なんで優が死ななきゃならない。


納得、できないって…。





コンコンと部屋をノックする音で、はっと我にかえる。
「入りな」
「失礼します、空坊っちゃん」
顔を覗かせたのは、家の使用人だった。
随分長い間家に勤めてるベテランさん。
「どうしたの」
「先程お話しました優坊っちゃんの同室の方が見えられました」
「…そっか、入れてあげて」
ベテランさんはスッと身体をずらした。
「どうぞお入りください」
「失礼します…」
制服を来た子が部屋に入ってくる。

「こんにちは、こっちにどうぞ」
「こんにちは…」

優が見えやすいように、ベッドの脇から少し離れる。

「では、私の方はこれで失礼いたします」
「あ、ご苦労様」
ベテランさんが出ていって、部屋が静まりかえる。

確か…成松くん、かな。
成松くんは優をじっと見つめていて、手が優の頬に触れるかどうかのところでさまよっていた。

「ねぇ、成松くんは優に呼ばれてきたの?」

実は、少し前、優が一度目を覚ました。
優がしばらく1人にしてくれって言ったから、俺は部屋を出た。

そんで30分くらいして部屋に戻ったら、優はまた咳き込んでた。
手には携帯が握られてて、酸素マスクが枕の横に置かれてた。
たぶん、電話してたんだと思う。

その電話の相手が成松くんだったのかなっていう推測。

「呼ばれた、わけじゃなくて…会いたいとは言われましたけど…でも、俺のせいですぐ電話切れて…部屋に行ったら、あの紙を見つけたんです…」

支離滅裂だけど、なんとなくは分かった。
二人がどんな関係かは、元々あの学園に通ってたから、察しがつく。

「最近部屋に戻ってなかったの」

「………はい」

成松くんは唇を強く噛んだ。

「すみません、もっと、早く戻ってれば…」

「そんなの、今更、…」

まあ確かに、成松くんがもっと早く優の病気に気づいてくれたら、少しは変わったのかもしれない。


でも、今更そんなこと言ったってどうしようもないじゃねぇの。


もう、これからできることをするしかないんだよ。



「成松くん、優はまだ死んだわけじゃない」


成松くんはゆっくりとこちらを振り返った。


「今度目を覚ました時に、言いたいこと
全部言えばいいじゃん。まだ、生きてるんだから」


「………」


成松くんは切れ長の目から、一筋涙を溢して、しっかりと頷いた。











まだ微かに残っている色が消えてしまわないように



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