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薄氷を履む
三都市同時奪還計画
トリアスタ特攻軍本部の会議室にて、特攻軍直下の参謀と師団長たち十数名が一同に会していた。

重厚感のある長テーブルに鎮座した歴々たちは、手持ち無沙汰に手元の資料を眺めたり、隣人と他愛もない噂話をポソポソと囁いたり、各々気ままに時を潰している。

会議室の重たい扉が開き、初老の男が室内に足を踏み入れると、途端に会議室は静まり返った。

初老の男――トリアスタ特攻軍の参謀長を務める男は、上座へ悠然と歩みを進めた。
装飾の施された椅子を引くと、ゆったりとした動作で腰をかける。

それとほとんど同時に、カーン、カーン、と鐘の音が鳴った。

初老の男が、コホン、と咳払いをひとつ。

「さて、始めよう。まずは戦況の共有だが、前回の会議から進展があったのは、第1師団だな。バーンズ師団長、簡潔に報告を。」

初老の男から促されるままに、第1師団長のバーンズが口を開いた。

「もうご存知かと思うが、我が師団の第3旅団が、メディング奪還に成功した。使用した兵は1,032名、うち死者0名、重傷者12名、その他負傷者351名。救出した奴隷は756名、うち重傷者0名、負傷者122名。指揮は第3旅団長レイ・クロフォード。本日夕刻、全隊員帰還予定。以上だ。」

「――千人中死者ゼロなんて、どんなトリックだ?」

思わずといった調子で、第3師団長を務める男が疑問を口にする。

「気になるなら今度クロフォードに直接聞いてみるといい。」

バーンズは満更でもなさそうに、そう答えた。

トップダウンの組織体制であるトリアスタ軍において、旅団長の手柄はそのまま師団長の手柄へと昇華する。
そういう意味で、毎回期待を裏切らず良い報せを持ち帰ってくるレイを彼は大いに気に入っていたし、そんな報せを受け取ったばかりの今も大概機嫌が良いのである。

窘めるように参謀長がコホンと一つ合図をすると、二人は素知らぬ顔で口を閉じた。

「報告ご苦労。…この度のメディング奪還をもって、元帥より、来月に “三都市同時奪還計画” を遂行するよう指示が下りた。」

会議室が俄にざわめいた。

「ついに…。」
「しかし、来月とはまた急だな。」
「この一年で全領土の奪還を終わらせると考えたら、妥当なスピード感だろう。」

“三都市同時奪還計画” は、およそ二年ほど前から、トリアスタ軍が長らく決行の機会を窺っていた作戦であった。

ちょうど三十年前に始まったエフィリアのトリアスタ侵略は、当時トリアスタで二番目に大きかった都市リーザの落城を皮切りに、二十余年をかけて三分の二ほどのトリアスタ領を制圧するに至った。
あわや首都リヴァフーレにまで手がかかるかと思われたところで、ようやくトリアスタ軍がそれを押しとどめ、むしろそこからは攻守がパチンとひっくり返り、破竹の勢いでの奪還劇が繰り広げられている。

エフィリアに理不尽かつ無慈悲に奪われた領土をひとつ残らず奪い返すことこそが、言わずもがなトリアスタ国の最重要課題であり、悲願でもあった。

全領土の奪還にあたってトリアスタ軍が最終目標としているのは “リーザ奪還” であるが、その王手となるのが “三都市同時奪還計画” だった。
三都市とは、旧トリアスタ領地のホブ、ゴズポート、アーゲイトのことを指し、いずれもリーザに隣接している。
要はリーザの片側を一気に包囲し、その勢いのままに最終目標も達成してしまおうというのが、この計画の概要である。

参謀長は、コホンと咳払いをまたひとつ。
会議室はざわめきの余韻を少し残して、漸次静かになった。

「そこで、采配についてだが、ホブは第1師団第2旅団長ハリソン氏、ゴズポートは第2師団第1旅団長モーガン氏、アーゲイトは第4師団第5旅団長パーカー氏に指揮を任ずるということで合議が取れていたかと思う。――しかしだ…肝心のハリソンが先の戦で足を負傷した。しばらくは戦に出るのが難しい状況にある。」

また会議室が騒がしくなる前に、参謀長は間を置かずに次の言葉を紡いだ。

「代打の候補としては、第1師団第3旅団長クロフォード氏を推薦したい。推薦理由には、正式な旅団長着任はひと月前のことだが、大隊長着任以来約二年、戦地で旅団長代理として各大隊を率いていた実績がある。戦績も安定して芳しく、実力は申し分ないと見ている。……異議のある者は挙手を。」

参謀長が会議室を見渡すも、誰一人として身動きひとつ取らなかった。
先のような報告を聞かされた後では、異議なんて唱えようもないのである。

「……では、ホブ奪還の指揮は、クロフォードに任ずる。バーンズ師団長より、彼に通達するように。」

「はい。」

会議室の中でただ一人、参謀長に剣呑とした眼差しを注いでいる者がいたことには、誰も気づかなかった。

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