薄氷を履む
隣国にて
遠くでカーン、カーン、と鐘が鳴った。
格子状の窓枠の間を縫って、大きな窓から部屋に光が差し込んでいる。
部屋の中には、煌びやかな漆黒の軍服を身に纏う2人の男がいた。
1人は、豪奢なデスクの前、座り心地の良さそうな黒い革張りの椅子に腰掛け、脚をゆったりと組んで座っている。
年齢は40歳前後だろうか。
品良く整えられた髪と髭にはポツポツと白髪が混じり始めていたが、それすらも彼の貫禄を引き立たせる飾りになっていた。
そしてもう1人は、その男の対面、大股3歩ほど距離を空けて、悠然と佇んでいる。
こちらはまだ若く20歳前後、あどけなさが残る様体だった。
軍服の上からでもわかる鍛えられたしなやかな体躯に、人形じみた美しい顔面を有した青年は、さながら精巧な彫刻のようだ。
椅子に腰掛けた男が、顎髭をさり、と撫でながら、微笑みを湛えて口を開いた。
「大佐昇格おめでとう、クロフォード。若くして素晴らしい功績だよ。」
「ありがとうございます。」
クロフォードと呼ばれた若い男は、感謝の言葉を形だけなぞった。
「さっそくだが…お前に第3旅団の旅団長を任せたい。どうだ?」
「やります。」
「……話が早いな。」
打って変わって食いつくように返事をした若い男に、もう1人の男は呆れたように笑った。
「旅団長補佐は君が選ぶといい。」
「ウィリアム・ルイスを。」
「…そう来ると思った。彼は君のお気に入りだね。」
「ええ。優秀なので。」
「ふ、それだけじゃないだろうに。」
若者は何が気に触ったのか、ギギっと嫌悪感を顕にして顔を歪めた。
「冗談だよ。さて、ハリソンから早々に引き継ぎを受けるといい。臨時の旅団長ではあるが…ムーディよりかは話がわかるだろう。」
「わかりました。」
「ついでに無駄話をすると、お前の大佐昇格と同時にムーディから引き継がせようと思ってたんだがね。ムーディが使い物にならなくなる方が早かった。ハリソンを臨時で置いたのは、お前を旅団長に就かせるためだよ。」
若い男は、目の前の男の真意を探るように目を眇めた。
「……わざと引きずり降ろしたんでしょう?下の人間からすれば、ありがたかったですけどね。」
期待に添う答えだったのか、椅子に座る男は満足そうに笑みを深めた。
「人聞きが悪いな。”力を試した”と言ってくれないか。」
一方、若い男は興味をなくしたように、顔から表情を消し去る。
「あの、気を悪くしないでほしいんですが、無駄話やめません?」
「ふっ、ウズウズしてるんだろう。よし、有意義な話をしようか。お前が旅団長に就いたら進めようと思っていた遠征の案件があるんだ。」
若い男のアクアグレーの瞳が、キラリと瞬いた。
「どこですか? 」
「メディングだ。今はあまり言えないが、ここの奪還は軍の命運を左右する。」
「……位置的な話ですか。」
「…そういうことだ。ああ、一応断る権利もあるが、どうする?」
「もちろんやりますよ。」
「本当にお前は分かりやすくていいな。」
「褒めてます?」
「褒めてるさ。」
中年の男は機嫌良く笑う。
「期待してるよ、クロフォード。」
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