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薄氷を履む
同日同刻、但し、異国
メディング奪還から二週間ほど経ったある日のこと、レイはバーンズとの長時間に及ぶ打ち合わせの後、リヴァフーレ市街にある行きつけの高級レストラン『パールベリー』に一人で足を運んでいた。

彼が落ち着いた雰囲気の店内に足を踏み入れると、香ばしい料理の香りとともに、楽器の音が柔らかく運ばれてきた。
入口に控えていた三十代半ばほどのウェイターは、彼の姿を認めると恭しく礼をした。

「クロフォード大佐、お待ちしておりました。ご案内いたします。」

レイはこちらへ訪れる前に軍服を脱いで、代わりに上等なセミフォーマルの衣装を身にまとっていたが、それはあくまでTPOを弁えてということであって、一時ばかりは軍のことを忘れたいだなんて意図は更々なく、なんなら彼の人生には軍の文字しかない分、そうやって官位で呼ばれる方が彼の身に馴染んだ。
店側もそれを慮ってのこれである。

そして、前回ここに足を踏み入れたとき中佐であった彼は、その後の昇格の話なんてこの店の誰にもしたことが無かったが、さすが一限様お断りの高級店だけあって、常連客の情報収集には抜かりがなかった。
彼が少佐昇格して間もなくこの店に足繁く通うようになってから、官位を間違えて呼ばれたことは一度もない。
彼がこの店を大層気に入っている理由には、料理の味はもちろんのこと、そういう細やかな心遣いが行き届いていることも過分に含まれていた。

レイはウェイターの後をついて、店のホール脇にある通路へ進んだ。
彼が案内されようとしているのはVIP専用の個室だった。
軍関係者同士の会食となるとどうしても内々の話が多くなるので、通常席のチャージ一割のところ個室は三割と少々お高くつくのだが、彼が利用するのは専らこちらだった。
個室は生演奏が微かにしか聞こえないという点だけ玉に傷だと、いつだか彼を連れてきた上官はボヤいていたけれども、彼としては話に集中しやすいとあってむしろ好ましく思っている。

ウェイターが個室の扉を控えめにノックしてから押し開け、彼を中へ誘導すると、彼の見知った顔が二つ、ワイングラスを片手に顔を傾けた。

「レイ、おつかれ。」

「おつかれさまです。」

一人は第1大隊長ジェリー・キングストン、もう一人は旅団長補佐ウィリアム・ルイスである。
まだグラス一杯も空けていないのだろうか、二人とも顔色はいつもと変わっていない。

「ん、お待たせ。」

レイは空いている席にストンと収まり、流れるようにスパークリング・ワインをウェイターに注文した。

「先食べててくれてよかったのに。」

「コースだしその方が気を使うよ。」

ジェリーの冗談めかした気遣いに、こいつはやはり人としてできているなと、レイは心中で感心した。

「ていうか、体調は大丈夫なの?昨日、ずっと寝込んでたんだろ。」

「……あー、もう全然平気。」

「休みの日に限って体調崩すんですよ、この人。」

「休みの日にぶっ倒れようが何しようがいいだろ別に。」

「看病に付き合わされる身にもなってくれません?」

「いや、それはマジで申し訳ないと思ってんだって。」

どうやら、昨日レイが熱を出して寝込んでいたという話が、ウィリアムを経由してジェリーに伝わっていたらしい。
酒のツマミにしては少し味気ない話だった。

メディング奪還直後に少し話を遡って、有り体に言えばレイの旅団長としての業務は多忙を極めていた。
遠征前にハリソンから引き継ぎを受けて業務の内容はある程度把握していたものの、なにせ初めて対処するものばかりだったので、後から思えば片手間でも済ませられたことに小一時間かけたりなんかして、人よりもだいぶ深さのある彼のキャパシティはそれでもあっという間に溢れかえった。

このままではとても身がもたないと早々に判断した彼は、一時的とはいえ二つの旅団の長を務めるなんていう超人的な所業をこなしてみせた現第2旅団長ハリソンに半ば泣きつくように助言を求めたが、うーん、慣れかな、五年もすればだいぶ掴めてくるよ、なんて悠長なことを言うものだから、目の前の一日すらも乗り切るのにやっとなのに気休めのように五年後の話を出さないでほしいし具体的に今すぐ実行できるアイデアを自分は求めているのだと切に訴えれば、ハリソンは眉を八の字に下げて、人の力を上手く借りることだね、君の補佐は確かそういうのが得意だろう、と、ようやくそれらしいアドバイスを口にしたのだった。

なるほどそれは盲点だったと素直に助言を受け入れた彼は、こまごまとした事務仕事が得手であるウィリアムに管理面を全任したことで、確かに幾分かは楽にはなって、彼を迷わず補佐に指名した自身の先見の明を心の中で自賛した。

しかし、あくまで「幾分かは」という話でしかなく、完璧主義の性分も相まって、払っても払っても降り積もる仕事を前にレイは目に見えて癇立っていた。
戦地で極度の緊張状態に陥ると時たま彼はそうやって業を煮やすことがあったが、おおよそ予備軍として本部で長いこと控えている隊員などは初めて見る彼の振る舞いに怯えて、あからさまに接触を避けるほどだった。

そんな怒涛の日々も、一度仕事の要領を掴んでしまえば後は意外と上手く回るもので、ハリソンは五年だなんて大げさに言ってみせたけれども、レイが元々の彼らしい振る舞いを取り戻したのは先の凱旋から二週間と少しが経つ、つい最近のことだった。
メディング出陣以降なんだかんだ取り損ねていた丸一日の休暇をカレンダーにねじ込めたのも丁度この頃で、ようやく羽を伸ばせる機会だからとウィリアムの休暇もその日目掛けて無理くり合わせ、二人でとびきり美味しいものでも食べに行こうと約束していた肝心の昨日、彼は驚くほどの高熱を出して臥せり、せっかくの一日を結局棒に振ったのだった。

ちなみに、そうやって気の抜けた一瞬の隙を突いて体調を崩すというのは彼にはよくあることで、特に奪還宣言直後などは顕著にその傾向が表れた。
今回は奪還宣言後も気を抜ける状態ではなく、むしろ戦地よりも本部にいる方が一層追い詰められて、ようやく彼が一日動けなくてもなんとかなるという日を狙って、彼の体が強制終了のプログラムを作動させたのである。
実際、ホブ奪還に向けてバーンズと最後の打ち合わせをする予定だった今日にはすっかり調子を取り戻して、限度や休むべきタイミングは彼の意思よりも彼の身体の方がよく心得ているようだった。

そんなわけで、本来であれば今日はレイとジェリーの二人で約束していた食事であったが、昨日の埋め合わせも兼ねてそこにウィリアムも同席する運びになったのである。
ジェリーとウィリアムは同期でトリアスタ軍に入隊したこともあって、気の置けない仲とは言わないまでも、それなりに気心知れた間柄ではあったので、お互いレイの申し入れには快諾をしていた。
レイはジェリーに体調を崩していたことを知られるのはなんとなく決まりが悪かったので、そのあたりは少し濁して伝えていたのだけれども、それを知らなかったウィリアムは開口一番ジェリーに昨日のことを明らかにしてみせた。
ウィリアムはレイの普段人に見せない一面を自分だけが知っていることに無意識の優越感を持っていて、進んでそういうことを話したがる節があり、レイとしてはもう少しプライバシーに配慮できないものかと思っているのだが、迷惑をかけている側なので強くも出られず、そこについては口を閉ざすことに決めていた。



コンコンとノックの音がして、ウェイターが二人がかりで、レイのスパークリングワインと三人分のパンを配膳した。

「よし、食べようぜ。かんぱーい」

気の抜けたレイの音頭に、三人はグラスを差し出して、グラス同士が触れ合わないように乾杯の動作を取った。

「バーンズ師団長との打ち合わせはどうでした?」

パンをちぎりながらウィリアムがレイへ投げかけると、レイは待ってましたとばかりにニヤリと口角を上げる。

「いやぁ、もう、完璧。負ける気がしねーわ。」

「へぇ、頼もしいな。戦略は明日共有してもらえるんだよね?」

「うん。けど大枠は変わってねーよ。今日のはマジで細かいとこ徹底的に詰めるミーティングだから。」

「一日中缶詰めだった割に、あんま疲れてなさそうですね…。」

「楽しすぎて疲れとか全然ないんだよなぁ。病み上がりの俺より最後師団長の方がヘロヘロだった。」

レイは出がけのバーンズの疲れ果てた様子を思い出してくふふと笑った。
彼は決してバーンズが憎いわけではなかったが、いつも余裕綽々に足を組んで腰掛けている上司の、立ち上がって腰を前後に伸ばしている姿が、このときばかりは中年臭くて可笑しかったのである。

レイはちぎったパンに上質なバターを塗って、緩んだ口元にそれをぽいと放った。

「いよいよホブか…なんか実感わかないな。」
「ま、もともと第2旅団の仕事だったしな。……負担かけてる?」
「いや、ホブ奪還に携われるなんて軍人冥利に尽きるよ。緊張はするけどね。」

すました顔でワインを口に運ぶジェリーに、レイは急に、スンと、心臓が冷えた心地がした。
レイにとってはホブ奪還なんてそれこそ本当に軍人冥利に尽きることであったし、こんな幸運が舞い込んでくるなんて自分は前世で一体どれだけ徳を積んだのだろうかと、大真面目に一つ昔の自分の魂に感謝なんかしたほどであるが、ジェリーのどこか落ち着かない様子に、もしかしてこんなにこの件を喜んでいるのは自分だけなのではないかと、ここに来てようやく思い至ったのである。

実の所、レイは他人の心情を慮ることが苦手な部類の人間だった。
彼が多くの人の上に立つようになってから、必要に駆られて部下のことを慮る努力はするようになったのだが、自分と他人の感じ方や考え方が全く違うのだということを理解はしているものの、だから人のそれがわかることとは天と地とほどの差があって、彼はその差を埋めることにずっと難儀している。

実際、つい昨日までニコニコと愛想良くしていた隊員に限って次の日には「もうあなたにはついて行けません」と異動願いや脱隊届けを突きつけられることがこの二週間立て続いていて、もちろん彼にも一因があると分かってはいるのだけれど、どうしたって情緒は不安定になりがちだった。
幾度となく共に死線をくぐり抜けてきたジェリーがまさか急に手のひらを返すとは到底思えなかったが、レイは自分のそういったところの感覚に対しては悉く自信を失ってもいるので、何を信じるべきか彼にはわからなくなっていた。

そんな風に腹の底から湧き上がった不安で一瞬難しい顔をしたレイだったが、このパン柔らかくて美味しいね、なんて朗らかに微笑むジェリーをチラリと見やって、やっぱり自分の杞憂に過ぎないだろうと結論づけ、パンの一欠片と共に再び不安を腹の底に飲み込んだのだった。

ちょうど三人がパンを食べ終わったころ、続いて運ばれてきた前菜は貝類の白ワイン蒸しだった。
黄色とオレンジのソースが周りに散りばめられていて、上品に食欲をそそる一品である。

「うまそー。ウィル、お前味わって食えよ。次連れてくるの少佐昇格のときだからな。」
「ハイハイ。あんたが次寝込むのが俺の少佐昇格より後だと信じて、しっかり味わいますよ。」

茶化したつもりが逆に皮肉られ、レイはウッと押し黙った。
大尉という薄給の身――あくまで佐官に比べればという話だが――でありながら、ウィリアムがこんな高級レストランで食事にありつけているのは、昨日の詫びという名目で今日はウィリアムの分をレイが持つ約束だからである。
彼らが互いに食事を奢るのは、基本的に祝い事か詫びか礼のいずれかで、レイが祝い事で奢られることが多いのに対して、ウィリアムの場合は詫びと礼がそのほとんどを占めていた。
ウィリアムもトリアスタ軍全体で見れば昇進昇格のペースは早い方であるが、そうは言っても中尉から大尉に昇格するにも二年半かかった彼なので、少佐昇格まで四年は堅いだろうと彼自身見込んでいる。
それまでの間にレイが一度も彼の看病を必要としないとは今までの傾向からして到底考えられず、先の発言は痛いほど核心を突いていた。

「あ、ジェリーは?中佐昇格いつ。」

逃げるように別方向へ話を流したレイに、ジェリーは込み上げた笑いを耐えきれず、ふふ、と控えめに息をこぼした。
戦の事となると二十一歳とは思えない統率力で組織を牽引する彼であるが、こういうところは案外年相応なので、ジェリーはその落差を可笑しく、また好ましく思っている。

「一応今も審査中だけど、もう少しかかるかな。大隊長って立場もようやく身についてきたところだし、来年ぐらいに上がれれば御の字だ。」

「んえ、絶対もうちょい巻けると思うけど。ホブが上手く行って、あとはリーザも第3旅団が噛めれば、そこかなぁ。」

「いやリーザってマジか。第3旅団が選ばれるってありえる?」

「ホブ奪還次第!リーザは規模でかいから、各師団から旅団二つずつぐらい派遣するって話だぜ。今回奪還が成功すればほぼ内定だろうな。」

「ああ、それはまた……。」

「――ムーディさんじゃ有り得なかったって話です?」

ジェリーがあえて濁した言葉の先を、ウィリアムがこちらもあえて憚らずに引き継いだ。

「ルイス、君ね……いやまぁいいんだけど、一応元上司なんだから。」

「毛嫌いしてた人の方が多いでしょ。みんな清々してますよ。」

「言いたいことはわかるさ。だけど、気の毒な人だよ。昔はあんなじゃなかった、ご家族のことでいろいろあったみたいだ。それで挙句、腕まで失って…。」

「だからって手を抜いていい理由にはなりません。こっちは命かけてんのに、あの人は本部でぬくぬくと…。腕だってこれまでのツケが回ってきただけです。」

ムーディはレイの前に第3旅団長を務めていた男であるが、保身的な立ち振る舞いが特徴の大佐で、彼のもとに国の命運を左右するような大きな仕事がやって来ることは少なかった。
第3旅団の隊員たちはその中で自分の名を上げる必要があったので他の旅団よりも不利と言えたし、おまけに旅団長は一番危険の少ない本部で控えているというのだから、戦や昇進昇格に前向きな隊員ほど彼に不満を抱くのは当然でもあった。
ジェリーは、いっそウィリアムよりも"戦や昇進昇格に前向きな隊員"の部類に確実に入っていたが、それ以上に情や恩義を大切にする人間でもあったので、ムーディに多少の不満はあれどそれを引退後までずるずる引きずってあげつらうことには異存があった。

一方ウィリアムは、ムーディの旅団長としての責任感というところに大きく疑問を持っていて、実力主義のトリアスタ軍においてどうにも彼が旅団長に相応しいとは認められないでいた。
ジェリーの言う通り、確かに若い頃のムーディは優秀で前向きな出世株だったと聞くが、それは過去の彼の話であって、目下自分たちに指示を下す彼とは別人として捉えるべきだと思えてならず、だからムーディが腕を失って失脚したときには、ようやく天が不適材不適所に気づいたか、とすら思ったほどである。

二人の価値観がそうやってぶつかって、やいのやいの言い合う間、レイはつまらなさそうに前菜をパクパクと口に運んでいたが、話がムーディの家族のことにまで及ぼうとしたとき、さすがにこれ以上は耐えかねるといった調子で口を開いた。

「なぁ、飯まずくなんだけど。」

ハッとしたように二人はレイを見やって、今度はお互い少しの間視線を交わした。

「……そうだね、ごめん。ルイスも、言いすぎて悪かったよ。」

「すみません。俺もつい熱くなりました。」

レイは何でもないというふうに肩を竦めた。
ここだけの話レイはどちらかと言えばウィリアム側の人間であったが、便乗してああだこうだ言い争うことに特段意味を見いだせなかったので、沈黙を貫いたまでである。
彼は何の得にもならないような話が殊更嫌いなのだった。

「ジェリー、そういえば俺らに話したいことあるって言ってなかった?」

「あ、そうだ。」

今回ウィリアムも交えての食事会にできないかとレイから申し入れた際、ジェリーはポロリと「ちょうど二人に話したいことがあったんだ」と零していた。
話題の転換にせっかくなら、とレイがここでそれを持ち出したのである。

「第2大隊に一人、戦闘支援局から増員したくてさ。いいかな?」

「いいよ。」

「……早いな。」

「だって必要なんだろ?足でまといになるような奴じゃなきゃ一人ぐらい増やしてもコストそんな変わんねーし。」

「ああ、うん、そうだね…気が良く利いて、いい子だよ。」

「じゃあ採用。」

「ありがとう。ルイスも大丈夫?」
「はい。俺は旅団長の判断に従います。」

「そうか…思ったよりだいぶ早く話が済んだな。」

ムーディのときとは違って、という言葉をまたもジェリーは飲み込んで、今度はウィリアムがそれを引き継ぐことはなかった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆



ガヤガヤと騒がしい、こじんまりとしたパブの中。
客層はとても品がいいとは言いがたく、あちこちのテーブルで酒に飲まれた大男たちが唾を飛ばしながら、ギャンブルの結果がよろしくなかっただの、昨日抱いた女がとんでもないアバズレだっただの、一体とんでもないのはどちらなのか分からないような談笑に興じていた。

そんな店の奥、背が高く体格のいい青年が一人、大小様々な紙がテープで乱雑に貼られている壁の前で腕を組み、少し背を丸めて立っていた。
青年は上背があり筋肉質で、鋭い目付きも相まって野性的な色気のある男だった。
短髪から飛び出す尖った耳と、きりっとした秀麗な顔立ちは、彼が"エルフ"であることを示していた。

客のほとんどが顔を茹でダコのように火照らせる中、彼だけは涼し気な顔でそんな客たちには我関せずという様子である。
青年はしげしげと壁を眺め、徐ろに一枚の紙をペリ、と壁からはがした。

彼はテーブルの隙間を縫って、たまに罵声を浴びながらも一切振り向かず、カウンターまで一直線に突き進んだ。

「マスター。」

グラスを拭いている中年の男の背中へ、その青年は低くかったるそうな声で呼びかけた。
中年の男はその声に反応して、ぐい、と体を彼の方へ傾ける。

「お、――ゼノ。久しいじゃねぇか。いつぶりだ?」

「アー…半年ぶりだな。この依頼、受ける。」

ゼノと呼ばれた男はずい、と先程ひっぺがした紙面を中年の男へ差し出した。
中年の男はそれを受け取ると、呆れたように目を半開きにする。

「まーた額の大きいやつを…。ホブは今ちと危ないんじゃないか?」

「危ないかどうかは関係ねェな。短くて高いやつがいい。」

「まぁ、お前さんがいいならいいけどよ。んじゃ、契約書書いてくれ。」

別の紙と羽根ペンを手渡された青年は、流れるような動作でサラサラと文字をしたためていく。
その間、関係ないとは言ってみせたもののやはり気になったのか、手元の紙からは目を話さないまま、青年が口を開いた。

「ちなみに危ねェってのは、何が?」

「……おめー、ほんとに国内事情に疎いよなぁ。こないだメディングが略奪されたんだぜ。」

「……へェ。で?」

「いや、メディング奪われちまったら、あとはアーゲイトなんか簡単にやられて、ゴズポートだってそんな時間もかかんねーだろうし、ホブなんてあっちゅーまにトリアスタに侵略されちまうだろうよ。」

「もうそこまで来てンの、トリアスタって。」

「ああ。リーザの略奪だって近いかもしんねーぞ。」

「はァ。まー、だったら尚更ホブには今行っとかねェと。」

「あん?観光か?」

「ご名答。」

青年は紙面を乱雑に中年の男に突きつけ、用は済んだとばかりにクルリと背を向けた。

「あ、オイ、ゼノ!おめー、ちっとぐらい飲むか食べるかして金落としてけや。」

「ハー?ヤダね。フィーでだいぶ儲けてンだろ。」

もはや標準設定らしいかったるそうな顔で振り返った拍子に、青年の右耳朶に埋まったアクアグレーの宝石が店の薄暗い照明を反射して、キラリと鈍く輝いた。





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