薄氷を履む プロローグ ――おいで。 柔らかい声が笑う。 ――ね、これ、綺麗でしょ。 ほっそりとした手のひらの上で、一粒の暗い青が煌めいた。 ――『 』の目に、そっくり。 愛おしげに細められた彼女の瞳を、そのまま取り出したかのような青だった。 ――これを持ってたら、ご先祖さまが守ってくれるの。 深い青色が、半分ほど覆い隠される。 ――あの日ね、お父さん、忘れてっちゃったんだ。ほんと、おバカさん。 浅瀬の水底のように、淡い光がユラユラと揺れた。 ――これ、『 』にあげる。 差し出された手のひら。 躊躇いがちに、小さな手が伸びる。 一欠片の輝きが、彼の手の中に閉じ込められた。 優しい手が、彼の柔らかい髪を梳く。 ――『 』は、忘れちゃだめだよ。 ――『 』は、死んじゃあ、だめだよ。 何かに引きずられるように目が覚めた。 懐かしい夢を、見たような気がする。 どんな夢だったか、上手く思い出せない。 うまく開けられない瞼を手で擦って初めて、頬が濡れていることに気づく。 わけもわからぬまま、ひとりベッドの上で、彼は静かに涙を流していた。 [次へ#] [戻る] |