逆転のち逆転
【T】形勢逆転(2)
「広瀬ってさ、今好きな人いるのかな」
更衣室の裏、窓から漏れる光がかろうじて視覚を機能させている程度の、薄暗い空間である。
手入れが行き届いていないそこは、落ち葉が積み重なり地面を隠している。
この季節じゃなかったら虫が出そうだなぁ嫌だなぁとか余計なことを考えていたせいで、マネージャーが放った唐突な一言に、反応が遅れた。
「……どうしたの、急に」
「気になっただけー。ねぇ、知ってる?」
てっきり俺への告白目当てだと思っていたから、何というか拍子抜けした。
なんだ、完全俺の自惚れじゃん。
恥ずかしー。
と思いながらも、このマネージャーが秋一目当てだったことの方に内心では焦っていた。
「あ、もしかして秋一のこと好きだったりする?でも、あいつ今好きなやついるみたいだから、諦めた方がいいかもね」
少し早口になってしまった自覚はある。
秋一とは付き合いたくないからってふっておいて、いざ秋一のことが好きなやつが目の前に現れたら、これだ。
たぶん秋一が他の誰かと付き合い始めたら、今よりももっと醜い嫉妬心を相手に向けてしまうんだろう。
自分の身勝手さに心底呆れつつも、やっぱり秋一が誰かと付き合うのを歓迎できない俺は、前言を撤回することなくマネージャーの様子を窺った。
しかし、マネージャーは驚いたような顔をしてから、
「あ、違う違う、広瀬のことはそういう目では見てないよ?」
あっさりと否定の言葉を口にした。
「…は?」
じゃあ今の質問は何だったんだ…。
「宮間は?」
若干混乱気味のなか、いきなり名前を出されて、その質問の意図を咄嗟に理解できるほど、俺は国語得意じゃない。
俺が、なんだ?
「宮間は、今好きな人いるの?」
反射的にいるよ、と答えそうになって、慌てて口を噤む。
なんで今度は俺にターゲットが移ったんだ。
やっぱり俺に告白するのが目的なのか何なのか。
とりあえず今はちゃんと”俺”ってキャラを演じないと。
「好きな人って、俺、女の子みんな愛してるから」
にっこりと作り物の笑顔を貼り付けて、テンプレートのセリフを声でなぞる。
告白で呼び出された場合にだいたいこのセリフを吐くと、諦めたような顔をして笑うか、まだしぶとく粘るか、どっちかの反応が返ってくる。
が、このマネージャーの目的が告白なのかも定かではないから、今までのサンプルなんて当てになりそうにないけど。
どんな反応が返ってくるのかビクビクしながらマネージャーの表情を観察してみたが、無表情で感情は読み取れない。
いや、無表情というよりは、考え込んでいる感じだろうか。
マネージャーは、何かを探るように俺の目を下から覗き込んだ。
思わず背中を少し仰け反らせる。
なんだこいつは。
「宮間ってさぁ、」
じっと俺を見つめたまま、マネージャーは言葉を続ける。
「そうやっていつも彼女作らないよね。なんで?」
「……なんでって、」
指摘に一瞬たじろぐが、この手の質問は何度もされてきた。
ただ、口調が今までの人たちと違うだけで。
「だから、俺一人の子だけを愛するのが無理なんだって。みんな平等に愛してるからさ」
「ほんとに?」
すかさず返ってきた疑問に、ぐっと言葉が詰まる。
今隙を見せたらやばい気がするけど、こういう心理戦みたいな会話は苦手なんだ。
「ほんとはさ、女の子と付き合えないんじゃないの?」
今度こそ、本当に言葉に詰まる。
冷や汗が背筋を伝った。
そうだよ、俺は女の子とは付き合えない。
「ははっ、何言ってんの」
乾いた笑いしか出てこない。
恐らく笑顔は完全にひきつってる。
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