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緋に濡れる

 
 教卓の横で、奴は教室の視線を独り占めしていた。肩を強ばらせ、ぎこちない笑みを張りつけて所在無げに立っている奴は、見本通りの『初めての挨拶に緊張する転校生』って感じだ。

 おれはと言うと、逃亡が失敗に終わり、ハギセンにシッシッと追い払われるように自分の机に戻ってからは、朝と同じく机に被さってやさぐれている。

 カッカッカとチョークの粉を撒き散らし、ハギセンが黒板に奴の名を書き込む。生徒達は近隣同士で身を寄せ合い、ひそひそと噂話の真っ最中だ。

 そりゃ話したくもなるよな。転校生がやって来るなんて噂は、誰の耳にも入って無かったんだから。四月末、季節外れの転校生。しかもやって来たのは、(見た目)絶世の美少女。男子九割の理系クラスじゃなくったって、色めきだつってもんだ。残り一割の少数民族な女子も、奴に向ける視線は好奇心でキラキラしている。

 話題性は抜群だ。

 でもだからって、ちらちらおれを盗み見んな。

 奴はさっきおれの名前を呼んだ。表情から溢れんばかりの歓喜を発して見せた。おかげでクラスメートの興味は、おれの方にも向いている。

 おれは読心術なんて心得て無いけれど、クラスメートの心の声が聞こえるようだ。
 いわく、三条、あの転校生とどういう関係なの? ってな。

 倭や圭織ちゃんだって、おれに問いただしたくてたまらないのが見え見えだ。真面目に前を向いてるように見せて、チラチラおれの様子伺ってんのはまる解りなんだぞ!
 ……まあ、二人には後でちゃんと説明しなきゃいけないだろう。一応親友だし。


 奴の名前を書き終わったハギセンが、腕を組んで黒板に書いた名前をじっと見据えていた。あれ何やってんのこの人。ひそひそ送られてくる視線が苦痛だから、さっさと奴の紹介を済ませて欲しいんだけど。


「あー、転校生……」

 ハギセンに呼ばれた奴が、ちょっと怯えたように肩を揺らす。

「は、はい。……なんですか?」
「お前の名前はこれ……何て読むんだ」


 …………ああ、それか。
 奴の名前は難しい。漢字自体は難しくないけれど、パッと見なんて読むのかわからないのだ。きっと100人中99人は、漢字だけで読みを当てる事は出来ないだろう。読めなかったハギセンを責める事はできない。

「あ、分かりづらいですよね。ごめんなさい」

 奴もこういう反応は慣れたものだから、ちょっと苦笑してハギセンに向かって小さく頭を下げた。改めて、興味津々で奴を見守るクラスメート達に向き直り。

「栗の花が落ちると書いて、つゆりと言います。名前はそのままひいろ。栗花落緋色です。こうやって学校に通うのは初めてなので、色々ご迷惑をかけるかもしれません。ふつつか者ですが、皆様どうぞよろしくお願い致します」

 丁寧に頭を下げた。

 ……つか、お前はどこの嫁なんだよ。

 

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