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風紀委員長・風巻猛の初恋


 風巻は迷っていた。
 部活動生も皆寮に帰った午後八時。噂の相談室が閉まるのは八時半と聞いた。今から行ってもラストオーダー間に合うだろうか、いやいや相談室などプライドがーー。
 かれこれ三十分、中庭で不審者のようにうろついている。



「……いや、相談という名目で、人知れず制裁に遇っている生徒の情報を……いや、それは個人情報が……」



 こう暗い中庭で一人ぶつぶつ言っている風紀委員長。構内新聞の一面を飾れるほどには滑稽である。



「……平野」



 そんな不審者予備軍の風巻が無意識に呟いたのは、最近長い時間を共有するようになった生徒会長の名前。
 件の転校生、理事長の甥だかなんだか知らないが人の話は聞かない、役員席に無断で入ってくる、親衛隊の集会に一人で殴り込み、エトセトラ、エトセトラ。

 本当に、あげればキリがない。


ーーその過程で平野と話せるようになったのはありがてえ、が。


 近頃の平野の疲労は色濃く現れている。学期に一度の学年集会が以前あったが、誰も気づかないほど上手く隠していたらしい。
 だが風巻はそうはいかない。人一倍鋭い洞察力は、わずかな変化も見逃さない。



「俺と目があったらすぐそらすのは、気づかれると思っているからか……」



 正解と言えば正解だが、『何が』気づかれるかの部分は少し違う。



「……行くか」



 あれだけ人気があるのだ。それに風紀委員長としても、生徒の心の支えになっている相談室を見ておくのもいいだろう。
 もっともな理由を見つけたことで決意に拍車がかかり、風巻は地面の扉をゆっくり引き上げた。








「あら、遅くに誰かと思えば」
「お前が、比叡院か」



 数分後、風巻は鉄格子を挟んで比叡院と対峙していた。

 女性らしい口調と仕草に相反して、声は低く穏やかで、寝間着代わりのタンクトップから伸びる長い腕にはしなかな筋肉がついている。

 格子の奥に広がる部屋はすっきりと統一した家具でまとめられていて、比叡院の性格がなんとなく伺える。


 そこで風巻の目に止まったのは、丁寧にハンガーに掛けられた制服だった。部屋の隅にぽつんと掛けられているそれは違和感はないが、どこか浮いているように見える。



「夜更かしはあまりしたくないけれど、明日は定休日だからまあいいわ。夜だからこれね」



 格子の間からホットミルクが差し出され、風巻はそれを受け取る。こうして向かいに立ってみると、風巻よりは少し背が低い。ーーといっても風巻は185センチもあり、その差もあまりないことから比叡院は180は超えていると推測される。



「お前は、生徒なのか?」
「……そんなこと聞きに来たんじゃないでしょうに」



 率直な疑問をぶつけると、比叡院は笑ってそう言った。うまく躱されたが、事実を教える気はないらしい。

 どかりと偉そうに座る風巻に向けて、比叡院は早速爆弾を落とした。



「で、生徒会長がどうしたのかしら?」
「ーー!」



 ホットミルクを口に含んでいなくてよかった。
 なぜそれを。あまりの動揺で固まる風巻をよそに、比叡院はのんびり温かいココアを飲み下す。



「寮の部屋にだってインターホンくらいあるでしょ? 来客が誰かわからなかったら不便だし不安じゃない」



 つまるところ、監視カメラがあの中庭に仕掛けられていて、平野の名を呼んだこともばっちり聞かれていたらしい。あんな小さな呟きも拾うとは、恐ろしく高性能だ。

 風紀としてそれを指摘することより、気づかなかったことが悔しかった。それだけ平野のことに頭が傾いていたのだろうか。
 何より、なんでも知っている風なこの男がやはり気に入らない。

 ので睨みつけるが、比叡院はカップを揺らしながら茶色い水面に視線を注いだままだ。



「その話は今は関係ないしね。で、どうなのよ実際」



 風巻は苦情をいいたかったが、夜も遅い中押しかけたのは自分だと大人しく座り直した。



「……例のサルのことは知ってるな」
「ああ……なんて言ったかしら……白井咲くんね。告白されたらしいじゃない」
「……なんで知ってるかは知らんが、思い出させてくれるな。……そいつ関連で最近よく話すようにはなった。だが互いの恋愛事情を話すほど深く入り込んでいるわけでもない」



 人肌に冷めたホットミルクを飲みながら、自分で言っておいて落ち込んだ様子を見せる。比叡院は昨日やって来た乙女を思い出し、人知れず笑を堪えていた。


ーー大の男がまあ、揃いも揃って。


 両片思いというやつだろうか。恋は盲目とは全くその通りである。
 明らかに脈ありな行動を取られても、片思いだと思い込んでしまっているせいで気づけず、あいつには他に好きな奴がいるのだと悪循環に陥る。



「でも食事は一緒なんでしょ?」
「ああ。ここ一週間、昼はずっとな」
「ならまず確かめましょうか。アナタが本当に片思いかどうか」
「……確かめる?」



 風巻はもう否定すらしない。認めたというより、目の前に『現状打破』という名の餌を吊るされて否定することを忘れたのだろう。
 そんなところもまた、恋するひとは愚かで可愛い。



「そうねえ……アナタが会長を好きだってこと知ってる人はいる?」
日吉ひよし……副委員長が知っている」
「じゃあ適当な用事、書類か何かいくらでもあるでしょ。あれでお昼に風紀室に呼び出して、その流れで食堂に誘うの」



 それでどう確かめるというのか。風紀室に呼び出すのも昼に誘うのもいつものことである。
 首を傾げる風巻に、比叡院は舌を鳴らしながら指を振った。苛立ちを煽るような仕草も様になっているのは、その容姿故だろう。



「ここからが大切よ。お昼に誘ったとき、日吉ちゃんにこう言ってもらうの。『またデートですか』って。それで少しでも動揺したら、」
「でっ……」
「……アンタが動揺してどうすんのよ」



 実際、平野と風巻が連れ立って食堂にやってくることは一般生徒の間で話題になっている。付き合っているのではないかとの噂も流れていて、新聞部が目を光らせているのだ。

 白井の暴挙で多忙な彼らは知る由もないが。



「話を戻すけど、それで会長が動揺したら脈ありと思っていいわ。あのタイプは赤面なんて可愛いことにはならないだろうから否定すると思うけど、そこでアンタの力量が問われるわよ」



 曰く、平野のようなタイプは好きな相手とおだてられようが目に見えて動揺はしない。肩を揺らすとか、言葉に詰まるとか、ほんの些細な行動や仕草を見極めるのが重要なポイントになる。



「アンタの洞察力にかかってるのよ。不自然にならないようにちゃんとしなさいよ」
「……なるほど……そうか」
「白井咲に邪魔されないようにね。まあ、昔から申請されてた二階席の警備ゲート設置もそろそろ受領されそうだし。くっついた暁にはのんびりできるかもね」
「……ん? お前、なんでそのこと……」


 風巻の声は、突然のアラームに遮られた。


 火災報知器のようになり続けるアラームを聞きつけ、風巻の後ろ、出入り口の鉄製の扉が開き、一人の警備員が顔を出した。



「失礼、風巻風紀委員長。相談室終了のお時間です」



 どうやら時間が来たらしい。疑問を残したままの風巻は寮に戻ろうと立ち上がり、飲み干したホットミルクのカップを比叡院に返すため差し出した。


 だが、受け取らない。



「ーーあげるわ、それ」
「……あ? なんでこんなもん……」
「昨日、会長が使った新品のカップ。告白のことも会長に聞いたのよ。一度洗っちゃったけど、会長のあと誰にも使わせてないわ」



 その日、風巻の部屋の食器棚に、彼とはセンスが違うカップが仲間入りすることになる。


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