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竜のこと


「宮水第一研究所。どう思われます?」
「どう、って?」



 中身が半分ほど減ったコーヒーの缶を揺らし、視線は足元にやったまま朝倉は聞き返した。



「研究所に限らずとも、竜を造るという実験についてでもよろしくてよ」
「それ俺に聞いても意味ないと思うけど」
「アナタとそういった話することほとんどないじゃありません? アナタの見解が気になっただけですのよ」
「……よくわかんねえし」



 ここで千代は、少し離れた位置に座る朝倉に体を向ける。



「そもそも竜に関して、朝倉はどの程度ご存知?」
「……あんま興味ない」
「でしょうねえ。アナタはそういう、人離れした強い力は好きじゃなさそうですもの」



 興味がないと言い切った朝倉を咎めることなく、千代は解いた長い髪を指で捩りながら笑った。

 あらゆる常識を超越した、人間と同じ物差しでは測れない強さ。朝倉はそんなものを欲していないことを、千代は見抜いていたようだ。

 自分が飲んでいた緑茶のペットボトルを脇に置き、千代は得意げに聞かれてもいない解説を始めた。



「いいですこと? まず、この世に竜というものは二体いる……と、言われてますの。目撃証言はほぼありませんけど、竜がいないと成立しない事象も多いので、まあいるんじゃないかなあってことですわね。二体の正式な名前はわかっていませんけど、とある学者のグループが、白竜のアクター、黒竜のオズワルドと仮の呼称をつけました。これはご存知?」
「……報告会で市井さんから聞いた、気がする」
「はっきりしませんわね……まあ知っているのならいいですわ」



 自然から力を得る他の属性と違い、光と闇、つまり日属性の二つは、その竜たちから力の供給がされている。香坂を騒がせている闇属性の魔物とは違い、光属性の魔物は存在しない。危害を加える可能性のある『魔物』というものを生み出さないことから、光属性は度々善の象徴とされる。

 必然的に、対をなす闇は悪の象徴とされる。ところが闇属性も、人を襲うのは他の魔物に比べて少ない。しかし唯一の『人間を食べる』という性質が恐ろしく、最悪の魔物だと避けられている。


 闇属性の魔物が殺されると、内部の魔力は霧散し、やがて消える。その消えた魔力がどこに向かうのかは依然不明であるが、竜に還るという説が最も有力だ。


 そんな闇属性の魔物について、最近わかったことがある。



「黒竜オズワルドは、任意で配下の魔物から魔力を回収できる、というものですわ。例えば……ありえないですけど、何かしらの理由でオズワルドの魔力が不足して。そしたら彼は何体かの魔物を回収して魔力を取り戻すわけですわね」
「保険みたいなもの?」
「そんなものかしら」



 朝倉は黙って話を聞いていたが、不意にコーヒー缶をぐいと煽った。



「……俺は」



 ほろ苦いコーヒーを飲みくだし、静かになった隙を突いて、息を吐くように声を漏らす。



「正直、竜はいないと思ってる」



 申し訳なさそうでもなく、淡々と意見を述べた。

 糸里は驚いて朝倉を振り返る。竜を信じていないのなら、彼は一体闇と光の源泉を何だと推測しているのだろう。朝倉の頭の中が気になった。無表情からは何の心も読み取れない。

 しかし千代は何手先まで読んでいるのか、やはり別段驚きもしていなかった。あらそう、と呟き、



「その気持ちもわかりますわ。誰もその姿を見たことがないのは確かですし、眷族もその存在はおろか、なる方法がまず怪しいですものね。私は他人ひとの意見は尊重するたちでしてよ」
「まあ、なんとなく嫌なだけ」



 おもむろに立ち上がった朝倉は、空になった缶を自販機横のゴミ箱に放り込んだ。そして自身の部屋とは真逆の、エレベーターのある方向へ足を向ける。

 来たときと別の廊下を行こうとする朝倉に、糸里が純粋な疑問で以って呼び止めた。



「どこか行くの?」



 もうすでに糸里も規則違反なので、止める権利はない。少し気になっただけだ。

 背を向けていた朝倉はぴたりと立ち止まり、少しだけ振り返る。



「ちょっと気分転換」



 香坂本部は、森に囲まれた大きな丘のちょうど麓にある。さらにその周りは山に囲まれ、天然の要塞と称される。
 その丘の頂上に、樹齢数千年とも言われる大樹がそびえ立っている。香坂の慰霊碑があるのもその場所で、厳かな雰囲気がいつでも漂っていた。

 朝倉はそこで明け方まで過ごそうと目論んでいる。屋内でさえ肌寒さを感じるのだ、薄着の朝倉は震えるほど寒いはずだが、全くそんな素振りを見せない。

 朝倉は小声でおやすみと告げると、足音も立てず暗闇の廊下に消えていった。


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