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役者は揃い始める


 両手が塞がっているので軽く扉を蹴ると、外側からわずかに開き、隙間から大ヰ町が顔をのぞかせた。眼球だけを動かし、五家城の腕の中で目を閉じる朝倉を見ると、小さく頷いて扉を広く開けてやる。
 任務開始前よりもいくらか上機嫌の五家城は、朝倉を抱えたまま廊下に出ると、爽やかな笑顔で大ヰ町を振り返った。



「もう用はないね。さっさと帰ろう」
「まったくもって同感だが、どうやらそうもいかんようだ」
「……と、いうと?」



 その声に含まれるのは苛立ち。ここまで順調にやっておきながら、よもや作戦の不備でもでたのかと、言外の追求が殺気に化けて染み出してくる。

 このままでは、せっかく隠密行動していた意味がなくなってしまう。五家城が言ったのだ。殺気を浴び慣れている連中が多いだろうから、探られれば見つかる確率が高くなると。
 大ヰ町はそれを嫌い、五家城の眼前に手のひらをかざして嗜める。



「少し待て」
「…………」



 この任務に連れてきた人員すべてを襲撃に使う馬鹿はしない。退路の確保用、また有事の際に動かせる駒をいくつか森の中に潜ませてある。

 朝倉の居場所がはっきりしなかったため、決めていたのは侵入経路だけ。周辺の警備を考えると、必然と脱出も同じ方法をとることになる。

 それは警備のない裏手を通過する経路だった。自然の城塞とはこれいかに、香坂の周囲は壮大な自然に囲まれており、裏手には大きな丘がある。そこを下った先にはさらに森や山が連なっており、こそ泥はもちろん、そこらの私設軍でも突破するのは困難だ。

 しかしこの二人だからこそ、人間という大荷物を抱えてもそれなりの移動ができると見込んでの選択だった。当の二人も、交代を挟めばいくらでも、と言ってのけている。

 それでも念には念をと、クリアリングの報告をするよう指示していたのだ。裏山の経路を安全に使えるか否か。こちらが合図したら、退路の状況を報告をすることになっている。
 五家城が病室に入っている間に彼らに声をかけてみたものの――大ヰ町の呼びかけに応える声はなかった。
 ノイズさえ息を潜め、耳が痛い静寂が続く。



「…………」



 大ヰ町は耳に手を押し当てて目を閉じていたが、やがて腕を下ろしてかぶりを振った。



「後方の連中と連絡が途絶えた。退路の安全が保障できん」
「知るか。あいつらは吐くような情報も持ってないさ。予定通り行こう」
「俺は構わんが、裏口を利用することが露呈した可能性が非常に高い」
「お前に任せる。俺は離脱が最優先」
「……良いだろう。ただし、場合によっては俺がそいつを連れて単独で帰還することも視野に入れておけ」
「もちろん。世良さえ無事に連れ帰ってくれたら、俺は万一捕まってもどうとでもできる」



 やや殺伐とした空気が漂う。しかしこうして火花を散らすのもまた、自分たちの位置を狼煙を上げて知らせているのと全く同じだ。

 大将格や幹部クラスは軒並み外出、もしくは無力化されている。しかし精鋭集団『ミッドナイト・ノーツ』は、底辺でもそこらの私設軍幹部の倍強い。一人でも本部に残っていれば、わずかな油断で場所を悟られ、なんらかの妨害行為があることを案ずるべきだ。



「俺が先行する」



 大ヰ町は刀を抜いたまま歩きだした。出会い頭に遭遇しても対応できるよう居合術は習得しているが、あくまで歩いて移動するなら、常に警戒しておくほうが確実だ。五家城も後に続く。
 二人ともに足音は消していた。朝倉が最低限の小さな呼吸だけをしているおかげで、突然大声をあげられたりするリスクを考えなくていいのは楽だった。


 病棟を早々に脱出し、数分ぶりに本部棟に戻ってくる。窓の外にも気をつけながら、裏口へ向かって静かに慎重に、けれど迅速に向かっていた。


 こちら側は相変わらず無人だった。最初の頃の混乱はどこへやら、寝静まった真夜中の住宅街のように穏やかで。廊下の明かりはついているものの、窓に自分たちの姿がはっきり映るほど、外は真っ暗闇だった。

 監視塔のある正面玄関の様子が知りたかったが、
こちら側からは残念ながら見えない。見晴らしのいい監視塔上階からこちらが見つかることもまたないのだが、あまりにも手薄なのが気になった。

 うまくいくのに越したことはないが、簡単すぎるとかえって怪しい。邪魔になるであろう参謀部隊の天河十造は殻無の一件で病棟に押し込まれたと聞いているし、単純に撹乱作戦が大成功したとしても、あまりに静かすぎる。

 階段をひたすら下り、一階まで降りるのにそう時間はかからない。最上階から下りてきたのに、どの階でも敵には遭遇しなかった。
 まさかエレベーターを使うとは向こうも思わないだろうし、こちらも避けた。なら階段を張り込むのは当然の対応だ。それを見過ごすほど香坂は愚かではないはず。
 どこかに誘導するにしても、敵が通る可能性の高い場所には少しでも人員を配置するべきだ。

 一階の廊下を進んでいたとき、大ヰ町はついにそれを口に出した。



「……やはり不自然だ」



 皮肉な嗤いを込めて、五家城はその後頭部に反論を投げかける。



「じゃあ聞くけど、正面突破でもする? そりゃあ役立たずの雑魚兵は侵入までの作戦しか伝えてなかったけど、全員が監視塔に潰されるとは予想してなかったよね」
「お前は焦っているな。重要箇所に人員を集めたとしても、あからさまに偏った配置はむしろ敵にその場所を教えることになる」



 つまり、無関係な施設の前にもある程度人員を置いておくのがセオリーだ。
 出入り口を固めるのは当然も当然で、一階に一人もいないのは違和感がありすぎる。それに、こうして敵に違和感を抱かせている時点でおかしいのだ。



「んなこたァわかってんの。けど正面からの突破ができたとして、下っていけば市街地だぜ? 香坂の膝元の。世良を担いで堂々と歩けるかよ」



 それに、裏口はもうすぐそこだ。これから経路を変更するとなると、また時間がかかってしまう。
 大ヰ町は、せめて不安要素を少しでも和らげたいと、情報部隊とやらがある場所を思い出そうとした。そこが遠ければ、ここまで人がいない理由にできると思って。

 しかし大した時間は与えられず、やがて正面前方に両開きの白い扉が現れた。病棟に立ち入る際に通ったものとよく似ている。銀色のドアノブが誘うようにつやりと光っていた。

 大ヰ町は頭の片隅で地図を思い出しながら、まず外の気配を探る。……ない。おそらく無人。五家城も頷いた。
 静かにドアノブに触れ、小さく隙間を開く。



「…………」



 外は建物の中と同様、ひっそりとしていた。虫の鳴き声が、大口を開けているようにも見える森の奥から入り混じって聞こえている。直接目視しても人の姿は見受けられなかった。改めて気配を探っても結果は同じだ。

 大ヰ町は五家城を振り返る。早く行け、と言わんばかりに顎で森の先を指されると、不服そうにしながらも暗闇の森を見据えた。

 全速で駆けるべく、足の筋肉を呼び覚ます。前傾姿勢をとろうとしたところで、


 ぱきん。


 と。進行方向から枝を踏む音がした。二人は一瞬にして動きを止め、音のしたほうを睨みつける。タイミングや状況から察するに、そいつはわざと枝を避けず、こちらの警戒心を煽ったのだ。



「やあ、ニイさんがた」



 若い男が一人、森の奥から現れた。

 外見は三十代くらいの、大した気迫もないごく普通の男。見たところ丸腰で、まるで香坂の軍服を着ただけの一般人だ。

 気配断ちに長けた香坂兵の存在を想定して、誰かしら待ち構えていることは想定していた。だからそんな平凡な男を見ても油断せず、まっすぐに見据えている。

 五家城の指示で、大ヰ町はずっと峰打ちで敵を倒していた。詳しくは知らないが、血の匂いに過敏な奴がいるとかで。けれどそれは場所を特定されないためで、あとは森の中を駆けるだけなのだから、返り血にさえ気をつければこの一人くらいは殺してしまってもよさそうだった。

 堂々と真正面から姿を現した度胸は認める。だからせめて一太刀のうちに屠ってやろうと、大ヰ町は愛刀の刃を煌めかせた。香坂の軍服を着ている以上、立ちはだかるなら潰すのみ。

 そんな好戦的な態度に、現れた香坂兵はにこりと笑って頷いた。やんちゃな子供を眺めて微笑む老人のように。その姿に違和感はあったものの、油断さえしなければいいと大ヰ町は思っていたのだ。



「うん、うん。若者はそうでなくちゃなあ」



 歳は二人とそう変わらなさそうなのに、いやに年寄りめいたことを言う男。大ヰ町は片眉を吊り上げながら、さらに間合いを詰めていく。狙うはもちろん、首。叫ばれても困るので、一撃必殺を狙う。


 しかし、二人は知らなかった。



「やるかぁ。加減しろとは聞いとらんけどなあ」



 両肩の・・・肩章が、一体何を意味するのかを。


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