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愉しむひと


 武器まで抜いたのにむざむざ見逃し、あまつさえその理由を手間だからと言ってのけた。その武器でさえ、こちらから見て取れる二本のうち片方しか使おうとしない始末。
 舐めすぎだとは思うが、元黄昏で戦闘経験を積んだ彼にはわかる。

 自分の力量では、倒すのは無理だ。

 よくて数分の時間稼ぎが限界だ。互いの間に転がった部下も回収したい。見たところ気まぐれで奔放な男のようだから、ふとした拍子に更なる危害を加えかねない。

 剣を両手で構え、隙を探す。間合いはこちらが上、しかし体格には劣る。スピードは計り知れないし、あのナイフに毒が仕込まれている可能性もある。
 とりあえず、部下を巻き込まないためにもここを離れるのが先決だ。この階に配置されるべき兵がいないのなら、それを逆手に取り、引きつけて広々と戦ってやるまで。腰に下げた鞘から剣を抜き、切っ先を男に向ける。



「ンン……邪魔だね」
「……あ?」



 こちらの嫌悪を煽るように口角を上げナイフを向けていた赤髪が、突然拍子抜けしたように構えを解いた。眉を下げ、自身の顎についと指を添える。

 何を言いだすかと思えば、邪魔だと? 戦う気満々だったくせに、急に気が削がれたとでもほざくつもりか。だとしてもこちらは刃を納める気はない。戦わないのならおとなしく捕まればいい。

 赤髪は器用にナイフを弄びながら、拗ねた子供のように口を尖らせている。



「戦うのはいいぜ。でもね、さすがに弱っちすぎるのはいただけない」
「……そこまで馬鹿にされたのは初めてだ」



 怒りを通り越して呆れを感じた……と本人はそう考えたが、今回に限っては通り越そうが何だろうが同じだった。十割十分、五臓六腑に怒りが浸透している。こめかみや手の甲に浮かび上がった血管がそれを物語っている。

 確かに深夜や大将格に比べると見劣りするかもしれない。強敵相手に立ち向かっていく向上心も足りない。それはよくわかっているから、なんと言われても激昂しない冷静さはあるつもりだったが。
 感情のコントロールはどうも難しい。
 
 もういい。売られた喧嘩は買う主義だ。出し惜しみせず、思いがけない怪我をさせてやる――怒気を孕ませる男に、赤髪は「あ」と声を漏らして首裏を掻いた。

 相手が誤解していることをようやく察知した、というか、ようやく気がついた振りをした・・・・・。わざと誤解されるような言い方をし、反応を見て楽しんでいただけだ。性格の悪さが滲み出ている。



「ああいや、君じゃなくて。後ろに隠れてる」



 空いた手でくいくいと、彼の肩を通り過ぎた向こうを指差す赤髪。罠の可能性を考えて振り向かないようにしたが、気配は確かに感じていた。

 隠れてる、と言ったからには廊下の曲がり角に身を潜めているのだろうが、全く忍べていない。

 息を殺すだけでは気配は絶てず、体表面の魔力をセーブする必要があるのだが、これでは下手以前の問題だ。そもそも気配断ちの方法をすら知らないような。
 さらに、『弱っちすぎる』と不名誉な評価を受けるほど覇気のない人物。


――非戦闘員? どこの馬鹿野郎だ。


 医療部隊メランコリー、開発部隊ファーストフェイズ、情報部隊ノーティスに潜入部隊ストレンジャー。これらの非戦闘集団も、もちろん本部防衛の際の配置は存在する。
 配備というよりは必要な処理を行うのがメインだが、それはセキュリティの強化や機密情報の保護、持ち出しなどで、最終的には本部のどこにいようと地下に避難する手筈になっている。

 市井など数人の例外はあるが、それは彼らが自分の身を守り、かつ周囲に手を貸せるほどには強いからこそである。彼らが非戦闘員とされるのはあくまで名目上だ。

 その特例に引っかからない大多数、つまり戦闘力を有さない者たちがこんなところに残っているわけがない。けど、それ以外に考えられないのも事実。気配断ちは落ちこぼれのシードでさえ習得しているような初歩的なことだ。

 ともかく、愚行であることには違いない。
 これらの会話も聞こえていたはずだ。それでもなお姿は見せず逃げもせず。赤髪は少々、目に見えて機嫌が悪くなった。



「出て来なよ。面くらいは拝んでおきたい。そのまま隠れててもいいけど、そしたら俺の足元に寝てる奴を殺そうか」



 壁向こうの気配が明らかに動揺を見せた。ぐらりと空気が揺らいで、逃げようか姿を見せようか迷っているようだ。その煮え切らない態度が気に障るのか、赤髪は笑顔のまま腕を組み、人差し指で反対の腕を一定のリズムで叩いている。

 わざとなのか偶然なのか、持ったままのナイフの切っ先は倒れる部下の顔に向いていた。手を離せば顔面に傷が付く。


 少しずつ、この男の性質がわかってきた。――戦闘を愉しむ類の人間。弱者を嫌い、強者を狩る。香坂にいたなら深夜に属するのを求めるような、また、そうなるべくして深夜に名を連ねるであろう戦闘狂。



「数えようか? 十、九、八……」



 猶予なんて与えない。ゆっくり数えるどころか秒針とぴったり同じ速度でのカウントが始まった。腕を解き、獲物を軽快に一回転させると、これ見よがしに下に向ける。
 鋼が鳴り、鈍い音が鼓膜を震わせた。



「三、二、一……」



 ゼロ、と同時にナイフを振りかざした赤髪は、腕の最高到達点でくすりと笑った。
 勝利の確信だった。

 この男、きっと無闇な殺生は好まずとも、殺すときは嬉々として殺す。シード兵を手刀で沈めたのだって、そういう命令か作戦だから打撃に留めているだけなのかもしれない。
 その赤髪が手を止めたのだから、後ろでこそこそしている馬鹿は姿を見せたらしかった。

 クインテットは男の動向に注意しながら、次の反応を待っていた。



「ンン、あれ?」



 ところが赤髪はこうして目を瞬かせ、足元の男を見、クインテットを見、こめかみに人差し指を当てて目を閉じる。仕掛けるべきかと身体が反応したが、残念ながらどこにも隙はない。困ったようにしているのも『振り』なのだ。



「ここ、女子禁制じゃなかったっけ? なんで女の子がいるのかな」
「……女……?」



 赤髪の言う通り、香坂は完全女人禁制。そこには一切の例外がなく、本部内外老若問わず、香坂の組織化にある限り『女』という生き物は所属しない。

 考えられるのは、単純に中性的な人物だったから。例えば情報部隊の千代悠人は女性らしいことで有名だ。
 ……が、何度か見かけたところによると、彼はもっと気丈で凛々しい。物怖じせず、言いたいことはずばずば言う遠慮のない性格をしている。この場面であればすぐに姿を見せるだろうし、そもそも配置を無視して危険な場所を出歩かないはずだ。

 そんな千代は、最近は深夜の連中と連んでいる姿がよく目撃されていて、ますますその存在を特異的なものにしている。殻無の任務でも後方支援要員ながら戦いにおいて活躍したとかで、今ではちょっと有名人だ。


 千代以外に、女性だと勘違いしてしまいそうな人物。交友関係はそう狭くないが、顔見知りは殆どが黄昏でそれ以外はよく知らず、もう思いつかなかった。



「香坂に女はいねえよ、節穴野郎」
「なるほど。じゃああんなのでも男なわけだ」



 あんなのでも、とは、万人からして女性だと判断されがちな容姿をしているのか。潜入部隊の線が濃厚になってきた。どちらにせよ、本部防衛配備の指示を聞いていながら避難していない愚か者である事実は覆らずそこにある。



「……なるほど」



 全く同じ言葉を吐き、赤髪は楽しそうに肩まである髪を揺らした。



「俺の見解では、どうやら君には悩みがあるね」



 相談に乗ってやろうという意図は、当然だがこれっぽっちもない。ついでにからかってやろうかという軽い気持ちばかりが見え隠れしている。
 後ろに隠れた奴には悪いが、こうして時間が稼げるのはありがたいことだ。戦闘にもつれていたら、今頃きっと決着がついていた。背後の彼にはもうしばらく言葉で嬲られていてほしかった。



「うん、どうやら君から聞いたほうが早そうだ。……そろそろ時間だしね」



 赤髪はナイフをぽんと放り投げる。残像を残しながら回転し、重力に従って落ちてくるそれを腕を振り抜いて掴んだ。ひゅっと風を切る音が耳に残る。



 それから、およそ瞬き一回に相当する時間が過ぎて。


 もうその場に立っているのは、赤髪と――指示に従って身を晒したところ、信じ難い場面を目撃した糸里の二人だけだ。


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