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協力者


 辿れば辿るほど、その裏にある闇の深さに呑まれていく。果てのないブラックホールに片腕を突っ込んで、じわじわ吸い込まれていくような感覚だ。穴の向こう側には腕があって、興味を示したものを引きずり込んでいく。

 『国軍が関わっている』――それは、この計画は国が投資するのに十分な実績を見込めるということを意味していた。宮水にしても、こんな突拍子もない研究をやみくもに続けるほど馬鹿ではない。なにか……彼らに自信を与える根拠があるはず。



「とまあ、国ぐるみのプロジェクトだそうだけど」
「この馬鹿げた話を持ちかけた経緯と、国軍が介入を決めた理由が気になるところですね」
「そうさな。……それに、動いているのはその二つだけじゃなさそうだ」



 香坂が予想だにしない勢力が動いている可能性を、市井と同じように、五十嵐も見出していた。
 竜を造る計画が現実的だと、そう決断させるだけの情報を提示した何者かがいるのではないか。

 だが、第三勢力の存在は悪い意味ばかりではない。たとえば結鶴折葉。彼は直接の接触こそ避けているものの、的確かつ最低限のヒントを香坂にもたらしている。



「そういえば、報告は別で上がってると思うんですけど、いくつか気になることが」
「高崎かい?」
「……まあ、はい」



 言い当てられ、市井は次の言葉を編み直す。



「俺の推測では、間違いなく結界はありました。電波も空気も通さないはずの結界を越えて、なぜ千代の電話があいつにだけ繋がったのかと、なぜ結界を壊せたのかと。確かに高崎は化け物ですが、竜の結界にはこの世のあらゆる法則が通じません。『壊れない』という概念の元に成り立っているという説もあるくらいですから」
「ああ……それはね。今は考えなくていいよ」



 弛んで曲線を描いていた緊張の糸が、その一言でぴんと張られた。


 五十嵐の口ぶりからすると、彼は知っている。
 高崎だけがあの状態を打破し得た理由を。


 匂わせただけでごまかすというのは、市井が気にする必要はないということ――回答を拒絶したのだ。偶然などではなく、なるべくしてなったということだけ頭に入れておけばいいと。


 だが、なんとなくそんな気はしていた。帰りの車で高崎本人に少し事情を聞いている。

 千代の電話を受けてから動いたにしては到着が早すぎると問い詰めたところ、高崎は数時間前から見知らぬ女性の計らいで移動を始めていたというのだ。
 そのとき、彼女は本部に話は通してあると言っていたそうだ。

 しかしそのような記録は香坂に残っておらず、その答えとして、五十嵐本人が彼の携帯に直接連絡があったことを述べている。五十嵐と個人的な繋がりのある人物ということだ。



「高崎を呼んだ女のことも、あんたは知ってるんですね」
「もちろん」
「語る気は?」
「ない。まだ死ぬわけにはいかないんでね」
「…………」
「もっとも、それは私に伝え聞くのがいけないというだけで、香坂が調査して知る分には問題ない」
「非効率的ですね」
「仕方ないさ」



 五十嵐はそれらしく肩をすくめると、椅子を回して背後の大きな窓を眺めた。これは『話は終わった』というサインで、これ以上はいくら問いかけてもなにも得られないだろう。

 市井は五十嵐に聞こえるようにため息をつくと、資料を机にやや乱暴に置き、踵を返してさっさと出て行った。



「…………」



 扉に背を向けて座る五十嵐は、気配が遠のいていくのを感じて、再び椅子を180度回転させる。見慣れた扉に向けて、親しげに声をかけた。



コウタ・・・。周囲に人、ないし盗聴の気は?」



 一人きりの部屋でそう呟くと、間もなく机の端がわずかに盛り上がり、ダークブラウンの木目調の小さな人形が現れた。可愛らしいその人形は、両手で精一杯の『バツ』を作ってみせる。



「ありがとう。10分……いや、15分ほど執務室周囲に警戒を頼むよ」



 任せろとでもいうのか、人形は得意げに胸を叩くと、溶けるように引っ込んでいった。



「……ふう、さて」



 立ち上がり、扉に鍵をかける。 必要ないとは思うが念のため。

 椅子に戻りながら私用の携帯電話を取り出す。高崎のようにあやふやな使い分けはせず、きっぱりプライベート用と割り切っている端末だ。高崎に手紙を渡したあの女性からの連絡は、この私用の携帯に来ていた。

 五十嵐は慣れた様子で連絡先を表示させ、一覧からある男の名を見つけると、ためらいなく発信ボタンに触れた。画面の上部に相手の名前と、発信中の文字が表示されている。スピーカーを耳に当てると、ちょうど向こうが電話を受けたところで、がちゃりと音がした。



『――俺だ。よう、颯郎』



 その声は低く年季が入っていて、それでいて力強さを感じさせる。五十嵐の持つような、精悍な中年男性のイメージがあった。
 気安くファーストネームで呼ばれたことに気を悪くすることもなく、むしろ嬉しそうに声を弾ませて五十嵐も呼び返した。



「やあ、てつ。仕事中に悪いね」
『何言ってんだ、気色悪いったらありゃしねえ』



 話しかたや声の調子から、器の大きい兄貴肌の男が想像できた。


 辻本つじもと鉄。
 五十嵐の旧友であり、共に生存戦争を戦った戦友でもあるその男は、東方列強『新奏遊しんそうゆう』の元帥でもあった。
 細かいことに固執しない大らかな性格で、逆境にあっても笑い飛ばせるようなポジティブな男。今でこそ社交的な五十嵐が学生時代は斜に構えた少年だったのに対し、辻本は当時から気さくで人に好かれやすい人気者だった。

 今の列強を統べる四人の男は皆、学生時代の友人だ。性格もばらばらの彼らが志を共にすることになるまでには紆余曲折あったが、今もたまの休みには飲みに出かけたりするとか。

 が、もちろん今回は食事の誘いなどではない。プライベート用の電話を使っているが、それは秘密裏にことを進めるためだ。



『そっちは相当寒いだろうな。ニュース見たぜ』
「慣れたらそうでもない。そっちこそ人手が足りてないんじゃないか?」
『おっと、やめてくれ。頭が痛くなる。……事実、人口が密集してるからな。いい奴を引き入れるにも一苦労だし、若者は問題を起こすしでてんやわんやだ』



 新奏遊軍が管轄する地域には首都が含まれるため、魔物の討伐依頼こそ少ないが、人による犯罪が後を絶たない。おまけに軽い気持ちや中途半端な覚悟で入隊を希望する若者も多く、ほとほと頭を悩ませているそうだ。
 それでも強ければ大歓迎なのだが、実際問題、魔力すら操れないケースがほとんど。甘い考えに塗れた彼らが厳しい訓練と下積みを耐え抜くのはまず無理だ。
 そのせいで兵と市民のバランスが悪く、香坂や他の列強から人材を貸し出すこともよくある。


 他愛のない会話で場を温めてから、五十嵐はふと声を潜めてこう聞いた。



「進捗は?」
『…………』



 歯切れよく話していた辻本が突然黙り込む。言葉を探しているようだった。



『……先方にお前のことは伝えた。作戦の全容は話せねえが、ほぼ信用できるって言ってたぜ』
「……そうか。安心したよ」



 闇属性の研究に国軍が関わっている。
 恐ろしい事実だが、昔から悪い噂の絶えない国軍を敵に回すのは今更だ。むしろこの事実が明るみに出れば、牙城を一気に崩すことができる。

 ただし、当然だが簡単にはいかない。情報操作は国軍の十八番で、現時点で判明していることを公にしても揉み消されるのが落ちだ。一般には知られていないが、裏で国軍と癒着している組織は腐るほどある。


 外堀は完全に埋まっている。ではどうすればいいのか。
 簡単だ。中から食い潰せばいい。



『これから、協力してくれる奴の名前を伝える』
「……本当に、だいぶ信用してくれたようで」
『俺らのことは元から知っているみたいだった。俺も、お前なら大丈夫と思ってる』



 本名を伝えるということは、五十嵐は裏切らないと確信したということである。裏でこそこそと計画している以上、名前が知れたらば全て露見し、作戦は水の泡になる。もっとも単純なパーソナリティにして、致命的な情報だ。

 一呼吸置いて、辻本はその名を口にした。

 国軍の、この国の膿を取り除くためのキーパーソンとなる人物の名を。



水橋みずはし大河たいが。地位は国軍大将。こいつと、こいつの同志たちが中から崩してくれるはずだ』


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あきゅろす。
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